2010年のIon PGM™シーケンサの登場から12年。NGSを取り巻く環境は、誰にも予想できなかったほどの速さで進化してきました。サーモフィッシャーサイエンティフィックのNGSブランドであるIon Torrent™ ブランドも、この12年の間に大きな変化を遂げました。今回はIon Torrent™ 次世代シーケンサの変遷についてご紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・NGSの歴史に興味のある方
・NGS解析をこれから始めたい方
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水素イオンを利用する次世代シーケンサの開発
Ion Torrentはパイロシーケンス法を初めてNGSに応用したJonathan Rothberg氏によって設立されました。2010年、エマルジョンPCRと水素イオンを用いたシーケンス技術を組み合わせ、これまでにない全く新しいシーケンサが発表されます。これがIon PGMシーケンサと呼ばれるモデルで、今までの次世代シーケンサにはなかった「半導体チップそのものがシーケンサになる」ということが最大の特長であり、半導体チップによりスループットを使い分けるという現在のIon Torrentシーケンサに共通のコンセプトはすでにできあがっていました。
小さな半導体チップ表面には無数のウェル(センサー)があり、各ウェル内にライブラリーが結合した小さなビーズが埋め込まれます。半導体チップ内にdNTPを順番に送液し、塩基の伸長反応時に放出される水素イオンによるpH変化を検出して塩基配列を決定していきます1。
このIon PGMシーケンサは、ベンチトップ型、検出原理がシンプルで高速、低価格であったことが大変な評判となり、次世代シーケンサの世界を一般ユーザーに拡大することに大きな役割を果たしました。同年、ライフテクノロジーズ (旧インビトロジェン) がIon Torrentを買収し、Ion PGMシーケンサの製造および販売を手掛けることになりました。
ドイツにおける病原性大腸菌のアウトブレイク
Ion PGMシーケンサが登場したその年、ドイツで病原性大腸菌O104-H4の大規模なアウトブレイクが発生しました。当初、原因は新種の病原菌と疑われていましたが、発生からわずか2週間でドラフトながらも病原菌の全ゲノムを決定し、対象の株を検出するためのPCR検出法が確立されました。この時の塩基配列解読に使用されたシーケンサこそがIon PGMシーケンサだったのです。デスクトップ型次世代シーケンサの利点からIon PGMシーケンサは多くの研究者に採用され、一躍その知名度を上げることになりました2。
さまざまな改良と課題
Ion PGMシーケンサの発売当初、半導体チップへのテンプレート充填率を上げることが課題で、充填率を示すローディングヒートマップは50%に満たない青を示すことが大半でした。Ion Torrent開発部門や一般のユーザーは高い充填率を示す赤いヒートマップ、そしてロングリードを求めさまざまな可能性を模索しました。サンプルローディング時の遠心時間や半導体チップ表面コーティングの変更、エマルジョンPCRから回収まで自動化するシステム(Ion OneTouch™ システム)などのあらゆる方法が目まぐるしく検討されました。試薬やプロトコルの改良・進化のスピードが速く、現在につながる基礎ができあがった時期でもあります。最終的には80%を超えるローディング率を安定して達成するようになりました。
2013年、Ion PGMシーケンサよりも高スループットを発揮する「Ion Proton™ シーケンサ」が発売されました。より多くのデータ量が得られる半導体チップを用いており、Ion PGMシーケンサでは難しかった高等生物のゲノムや多くの領域の解析を可能にするスペックを持っていました。また、エマルジョンPCRの試薬類の改良により、Ion PGMシーケンサは400bpのリード長を達成します。メタゲノム解析や少数遺伝子のターゲットシーケンスはIon PGMシーケンサで行い、より多くのデータ量を必要とする場合はIon Protonシーケンサを用いてというように、多様なアプリケーションに対応できるようになりました。
さらに同年、待望のIon Chef™ システムが発売になりました。Chef (シェフ:料理長)の名の通り、Ion OneTouchシステムを使用してもなお煩雑なエマルジョンPCRから半導体チップへの充填作業をすべて自動で行うシステムです。ちなみにこのChefというネーミングは、当初、ただの開発コードネームだったそうです。
Ion Chefシステムが登場したものの、Ion Torrentシーケンサには依然として弱点がありました。それはシーケンサの使用にコツが必要ということです。送液に必要な窒素ガスボンベの準備、送液試薬やdNTPの調製…。超純水装置を使用しても施設によってpH安定性が異なるということが生じ、何回トライしてもpHが基準値に合わずイニシャライズをパスできないということで悩まれた方も多いのではないでしょうか。操作方法もまだ洗練されておらず、前処理が長いため操作にある程度の慣れが必要でした。
成長を続けたIon Torrentシステム
2015年、ライフテクノロジーズはサーモフィッシャーサイエンティフィックに加わります。
同年、Ion GeneStudio™ S5シリーズが登場します。このシーケンサは、これまでのIon PGMシーケンサやIon Protonシーケンサの不便な点を克服した画期的な装置でした。窒素ガス不要、試薬類は調製済みで使い切りのカートリッジ式、使用後の洗浄は自動、定期的な洗浄も一切不要。誰でも一度で使い方を覚えられます。
ちなみにこのS5、何の略かご存じでしょうか。 Simple、Speed、Scalable、Small amount of input DNA、Supportの頭文字を示します。
Ion GeneStudio S5シリーズは5つのSにもあるように、非常に汎用性の高いシーケンサです。200万~1億3,000万リードをカバーする5種類の半導体チップを目的に応じて使い分けることができます。
Ion GeneStudio S5シリーズはデスクトップ型のIon Torrentシーケンサの完成形と思われましたが、2020年、Ion Torrent™ Genexus™ システムが発表されました。できるだけ人の手を介さずに簡便に、というコンセプトで開発されたGenexusシステムは、Sample to Resultのコンセプト通りに検体からレポートまでのワークフローを完全自動化し、わずか 2 回のユーザー操作で結果を 1 日で得ることができる、初めての完全自動型次世代シーケンサです3。SARS-CoV-2もRNAを装置内に設置するだけでシーケンスまで実施でき、インフォマティクスの知識なしで株の同定も可能です4。
そして、Ion Torrent™ Genexus™ Purificationシステムを組み合わせることで、核酸の抽出と精製、ライブラリー調製、シーケンスおよび解析結果レポートまでをシステムとして実現した本当の意味での自動解析が可能な次世代シーケンサに仕上がりました。ユーザーが操作するステップが最小限に抑えられているため、再現性の高い結果が誰にでも得られるという大きな利点を獲得しました。これにより、Ion Torrent ブランドの次世代シーケンサは一つの到達点にたどり着いたといえるでしょう。
次の10年はどのような進化をするのでしょうか。これからのIon Torrentブランドにぜひご期待ください。
Ion Torrent次世代シーケンサの研究成果の詳細については、こちらをご覧ください。
Ion Torrent™ 次世代シーケンシング まとめ
・半導体チップでコストダウン
・シンプルさを実現
・スピードの追求
シンプルでスピーディな低コストのNGSにはIon Torrent次世代シーケンサをぜひご検討ください
次世代シーケンスのブログ特集 – 「NGS解析:キーワード解説」などさまざまな情報を掲載中(日本語)
参考論文:
1 An integrated semiconductor device enabling non-optical genome sequencing
Jonathan M. Rothberg, Wolfgang Hinz, James Bustillo, et. al.
Nature volume 475, pages 348–352 (2011). https://doi.org/10.1038/nature10242
2 Prospective Genomic Characterization of the German Enterohemorrhagic Escherichia coli O104:H4 Outbreak by Rapid Next Generation Sequencing Technology
Alexander Mellmann , Dag Harmsen, Jonathan M. Rothberg, et. al.
Published: July 20, 2011 https://doi.org/10.1371/journal.pone.0022751
3 Evaluation of Genexus system that automates specimen-to-report for cancer genomic profiling within a day using liquid biopsy.
Siew-Kee Kee Low, Yusuke Nakamura, et. al.
May 2020Journal of Clinical Oncology 38(15_suppl):3538-3538
DOI:10.1200/JCO.2020.38.15_suppl.3538
4 SARS-CoV-2 Omicron sublineage BA.2 replaces BA.1.1: genomic surveillance in Japan from September 2021 to March 2022
Yosuke Hirotsu, Masao Omata, et. al.
doi: https://doi.org/10.1101/2022.04.05.22273483
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