2000年代初期、ヒトゲノム計画によるヒト全塩基配列の解読が完了したと報告されました。その後はゲノム情報を医療へ応用する研究が盛んに行われ、個別化医療への活用など、臨床現場でも大きな注目を集めています。では、ヒトゲノム配列の30億塩基すべてを解析しなければ有用な知見は得られないのでしょうか。
近年広がりつつある多くの遺伝子関連検査では、疾患に関連する遺伝子や治療ターゲットとなる遺伝子に対象を絞って解析することで、網羅的な解析結果を迅速に取得し、医療に貢献してきました。このような解析対象となる遺伝子に注目して配列情報を取得する手法は、“ターゲットシーケンス“と呼ばれます。ターゲットシーケンスの手法として当社が開発した”Ion AmpliSeq™“テクノロジーは、基礎研究から臨床研究や診断分野まで、広く活用されています。今回は、そんなIon AmpliSeqテクノロジーがどのようにして開発されたのか、その歴史をご紹介いたします。
▼こんな方におすすめです!
・パネル解析に興味がある
・ターゲットシーケンスの歴史を知りたい
・AmpliSeqの背景知識を知りたい
ターゲットシーケンスとアンプリコンシーケンス~概要~
次世代シーケンス(Next Generation Sequencing: NGS)は超並列シーケンスとも呼ばれ、一度に多量の配列情報を取得できるシステムです。NGSはランニングコストが高価であったり、大量のデータが得られるため解析が煩雑になるなどのイメージを持たれやすいですが、特定のターゲットに着目して解析するターゲットシーケンスを行うことで、解析コストや負荷を低減して結果を得ることが可能です。
ターゲットシーケンスでは、サンプルの前処理段階であるライブラリー調製において対象領域のみを濃縮、あるいは特異的に増幅する操作を行います。これにより注目している領域にのみ限定したシーケンスができるため、結果として検体あたりのコストを抑える、対象領域に対するシーケンスカバレッジを効果的に高めることで体細胞変異など低頻度の変異も検出しやすくなるといった利点があります。
対象領域を濃縮する方法には、プローブを使ってキャプチャーする操作が必要になり、作業工程の長さとある程度の生化学実験スキルを要求するといったデメリットが存在します。それに対して、アンプリコン法と呼ばれるターゲットに対する特異的なプライマーを用いてPolymerase Chain Reaction(PCR)をかけることでライブラリー作製を行う手法であれば、濃縮法よりもはるかに簡単にターゲットシーケンスを行える可能性があります。さらにこの手法により核酸量が限られる場合でもライブラリー作製が可能で、数時間から一日で作業工程が完結するシンプルな実験系が実現します。また、PCR産物(アンプリコン)の長さを短くなるように設計にすることで、ホルマリン固定パラフィン包埋組織(FFPE)由来のような分解が予想される核酸を用いた場合でも良好な結果を得ることが可能です。
つまり、
1.迅速に結果が得られる
2.採取できる核酸量が限定される場合でも解析できる
3.核酸の分解が進んでいる検体にも対応できる
などから、アンプリコンシーケンスは臨床検体の解析に極めて適した手法であるといえるでしょう[1]。
Ion AmpliSeq開発の背景と巧妙な設計
利点の多いアンプリコンシーケンスをより簡便に行えるように開発されたのがIon AmpliSeqテクノロジーです。Ion AmpliSeqは販売初期からクリニカルシーケンスや基礎研究分野などにおいて活発に利用されています。
Ion AmpliSeq開発以前は、複数の領域をシーケンスする場合には特異的な増幅を行うため別々のPCRチューブに分けて反応させる必要がありました。PCR反応液の調製がいくらシンプルでも、対象領域が多い場合は複数回実行せざるを得ず、NGSで多くの領域をシーケンスする際には莫大な作業と時間、核酸量が必要となります。
これを打開するため、1つのPCRチューブ内において複数プライマーによる増幅を行うマルチプレックスPCRの応用が求められました。ただし、マルチプレックスPCRの系を組むにあたっては、特異性を維持しつつ、複数のプライマー間での反応条件が等しくなるようなシビアな設計が求められます。Ion AmpliSeqはリアルタイムPCRのスタンダードな手法としてその精度に定評のあるTaqMan™アッセイのプライマー設計パイプラインを応用することで困難を克服することができ、最大24,000のプライマーペアを1つのチューブ内でPCR増幅することも可能となりました。なお、このプライマーセットのことを「プール」や「パネル」と表現することもあります。
Ion AmpliSeqでは設計時にFFPEやcfDNAなどのサンプルの違い、体細胞変異あるいは生殖細胞変異の検出など目的に応じて最適な増幅が行われるようアンプリコンサイズを規定します。また、特定の遺伝子全長を解析対象とすることもしばしばあるため、アンプリコンの末端付近を重ねることで領域をタイリングし、遺伝子全体をカバーするようなプライマー設計を行うこともあります。しかし、このような場合は1チューブだけでPCR反応を実行するとプライマーペア間で設計意図と異なる増幅が起こる可能性があるため、領域が重なるプライマーを別チューブで反応することでシーケンスのギャップを生じさせず、狙った通りのアンプリコンの作製と安定した解析を可能にしました。さらにIon AmpliSeqでは通常2プールでデザインされますが、ホットスポット領域のように特定のポジションに的を絞っている場合は1プールでデザインとすることも可能です。このように、目的に応じて自在にアレンジできるのがIon AmpliSeqの最大の特長です。
パネルの拡充
現在、Ion AmpliSeqでは多くの設計済みパネルが入手、使用できます。カタログ製品として提供・販売されているものに加え、研究者が設計してCommunityパネルとして情報を公開しているものもあり、パネル選択の場面で大いに活用されています。
Ion AmpliSeqパネルは今後もラインナップが拡充されていくことが期待されます。豊富なラインナップと詳細についてはこちらのサイトをご覧ください。
まとめ
Ion AmpliSeqテクノロジーはTaqManアッセイの知識と経験を応用してターゲット特異的な増幅を確立する手法で、少量の検体からでも迅速簡便にライブラリーを調製できます。設計済みのパネルも多く展開されており、ターゲットシーケンスを始めるハードルは低くなっています。Ion AmpliSeqパネルの利便性を、実際に体感してみませんか。
実験系やIon AmpliSeq既製品パネルの選択、カスタムパネルの設計などでお悩みの方は弊社テクニカルサポートまでお問い合わせください。
Ion AmpliSeqパネルとIon Torrent™次世代シーケンサを用いて実際にデータを参照されたい方には、少量検体をお預かりしたお試し解析もございます。詳しくは、こちらのリンクをご参照ください。
参考文献:
1. Ballester LY, Luthra R, Kanagal-Shamanna R, Singh RR. Advances in clinical next-generation sequencing: target enrichment and sequencing technologies. Expert Rev Mol Diagn. 2016;16(3):357-72. doi: 10.1586/14737159.2016.1133298. Epub 2016 Jan 18. PMID: 26680590.
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