はじめに
培養物中の細胞の形態(すなわち、細胞の形および外観)を定期的に観察することは、細胞培養実験の成功に不可欠です。細胞の健全な状態を確認することに加え、細胞を取り扱う毎に、目視または顕微鏡によって細胞を検査することにより、汚染を早期に発見し、実験室周辺の他の細胞培養系に汚染が拡散するのを防ぐことができます。
細胞の劣化の徴候には、核の周りの粒子形成、細胞の基質からの剥離および細胞質の空砲化などが含まれます。劣化の徴候は、培養系の汚染、細胞系の老化、または培地中の毒性物質の存在など様々な理由によって引き起こされている可能性があります。また単に、培地の交換が必要であることを示している場合もあります。劣化が進みすぎると、回復が不可能です。
今回は、哺乳類細胞と昆虫細胞のいくつかをピックアップし、その形態をご紹介します。
哺乳類細胞
哺乳類細胞の形態のバリエーション
哺乳類細胞の大部分は、その形態によって、3種類の基本的なカテゴリーに分類されます。
- 線維芽(または線維芽様)細胞は、二極性または多極性であり、細長い形状を有します。細胞は物質に接着して成長します。
- 上皮様細胞は、より規則的な多角形の形状を有し、斑点状にコロニーを形成しながら、基質に接着して成長します。
- リンパ芽球様細胞は、球形の形状を有し、一般に、基質に接着することなく、浮遊状態で成長します。
上記の基本的なカテゴリーに加え、宿主中での特定の役割に特異的な形態学的特徴を示す細胞も存在します。
神経細胞には、異なる形状および大きさの細胞が存在しますが、大まかには、信号を長距離に伝達するための長い軸索を有するⅠ型細胞と、軸索を持たないⅡ型細胞の、2種類の基本的なカテゴリーに分類できます。典型的な神経細胞では、多くの枝分かれを持つ、樹状突起と呼ばれる突起が細胞体から出ています。神経細胞は、樹状突起と軸索が同一の突起から出ている場合には、単極性または擬似単極性、樹状突起と軸索が神経細胞体(細胞の中の核を有する部分)の反対側から出ている場合には二極性、2つ以上の樹状突起を有する場合には多極性となります。
293細胞の形態学
293細胞系は、初代培養ヒト胚性腎臓細胞から確立された永久細胞系で、剪断されたヒトアデノウイルス5型DNAで形質転換されています。この細胞系に発現しているアデノウイルス遺伝子により、細胞は極めて高レベルの組換えタンパク質を生産することが可能です。サーモフィッシャーサイエンティフィックでは、無血清培地中での高濃度の浮遊培養に適応する細胞系を含む、数種類の293細胞系を提供しています。さらに詳しい情報に関しては、当社のウェブサイト上の哺乳類細胞のページをご参照ください。
下図の位相コントラスト画像は、接着培養の80%コンフルエント状態(図1)および浮遊培養(図2)における健全な293細胞の形態を示しています。接着性哺乳類細胞は、コンフルエントに達する前の、対数増殖期に植え継ぎする必要があることに注意してください。

図1 接着培養における健全な293細胞の位相コントラスト画像。細胞は、生存細胞の密度が、5×104細胞/cm2となるように、Gibco™ 293 SFM II 培地に播種し、加湿5%CO2環境下の37°Cのインキュベーター中で単層として成長させています。画像は播種後4日目に、それぞれ10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて得られたものです。

図2 浮遊培養によって成長させた、健全な293F細胞の位相コントラスト画像。細胞は、生存細胞の密度が、2×105細胞/mLとなるように、振とうフラスコ内のGibco™ 293 SFM II 培地に播種し、加湿5%CO2環境下の37°Cのインキュベーター中で培養しました。播種後4日目に、細胞を1:3の倍率で希釈し、10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて画像を得ました。
昆虫細胞
Sf21細胞の形態学
Sf21細胞(IPLB-Sf21-AE)は、Spodoptera frugiperda(ツマジロクサヨトウ)から分離された卵巣細胞です。細胞の形状は球形で、大きさは均一ではなく、やや粒状の外観を呈しています。Sf21細胞は、細胞ストックの迅速な拡大、バキュロウイルスストックの増殖および組換えタンパク質の生産のために、解凍して直接浮遊培養に使用することが可能です。Sf21細胞は、表面に堅固に接着するため、形質転換またはプラークアッセイ実験用に、単層として使用することが可能です。
下図の画像は、健全なSf21昆虫細胞の、浮遊培養(図3)および接着培養におけるコンフルエント状態(図4)の形態を示しています。昆虫細胞は、コンフルエントに達した時点で継代する必要があることに注意してください。

図3 浮遊培養した、Sf21昆虫細胞の位相コントラスト画像。細胞は、まず生細胞の密度が、3×105細胞/mLとなるように、振とうフラスコ内のGibco™ Sf-900 II SFM培地に播種し、その後28°Cの、非加湿で、環境大気制御型のインキュベーター中で培養しました。画像は播種後3日目に、10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて得られたものです。

図4 Gibco™ 293 SFM II培地中、接着性の単層細胞として成長させた、Sf21昆虫細胞の位相コントラスト画像。細胞は、生細胞の密度が、5×104細胞/cm2となるように、T-25フラスコ内に播種し、28°Cの、非加湿で、環境大気制御型のインキュベーター中で、単層として成長させました。画像は播種後7日目に、培養細胞がコンフルエントに達した時に、10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて得られたものです。
Sf9細胞の形態学
Sf9昆虫細胞系は、親株であるSpodoptera frugiperda細胞系のIPLB-Sf21-AE細胞由来のクローン分離株で、バキュロウイルス発現システム(例: Invitrogen™ Bac-to-Bac™およびInvitrogen™ Bac-N-Blue™発現システム)からの組換えタンパク質発現用の宿主としての使用に適しています。昆虫細胞は従来、靜置培養系で、T型フラスコおよび血清を加えた基本培地を使用して培養されてきていますが、一般に昆虫細胞は接着依存性ではないため、浮遊培養系でも容易に維持することが可能です。
下図の画像は、健全なSf9昆虫細胞の、浮遊培養および接着培養における形態を示しています。Sf9細胞は、表面に堅固に接着し、微小でしかも大きさが均一であるため、極めてすぐれた単層およびプラークの形成能を示します。

図5 浮遊培養した、Sf9昆虫細胞の位相コントラスト画像。細胞は、まず生細胞の密度が、3×105細胞/mLとなるように、振とうフラスコ内のSf-900 II SFM培地に播種し、その後28°Cの、非加湿で環境大気制御型のインキュベーター中で培養しました。画像は播種後3日目に、10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて得られたものです。

図6 293 SFM II培地中、接着性の単層細胞として成長させた、Sf9昆虫細胞の位相コントラスト画像。細胞は、生細胞の密度が、5×104細胞/cm2となるように、T-25フラスコ内に播種し、28°Cの、非加湿で通常の空気を用いるインキュベーター中で、単層として成長させました。画像は播種後3日目に、10倍(パネルA)および20倍(パネルB)の対物レンズを用いて得られたものです。
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