新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)の検査では、PCRなど核酸検出法、抗原検査、抗体検査などが採用されています。PCRに代表される核酸検出法は、高感度な検査方法として、臨床から無症状者スクリーニングまで広く利用されています。しかしながらPCR検査では、測定技法や核酸抽出法により検出感度や検出精度に差が生じてしまうと指摘されており、サンプル由来の夾雑成分の残存により結果の安定性が得られない場合があります。夾雑物によるリスクは、適切なサンプルの前処理や核酸精製レベルを上げることで回避することが可能です。
SARS-CoV-2は短期間で多くの変異株が出現しています。そのため1検体由来のサンプルに対して複数の変型株に対応したPCR検出を反復して行うケースや、次世代シーケンスを用い変異型の網羅的なスクリーニングを行うケースもあり、いずれも高純度な核酸を調製し、さらに再解析のために安定的に保管できる純度の核酸が必要になります。
クオリティーの高い核酸の調製には、適切な精製キットの選択はもちろんの事、スタートサンプルに合わせた前処理も重要です。
本稿では核酸検出検査に必要な高純度な核酸の回収のための、サンプルの前処理と精製法について紹介します。特に唾液サンプルを用いた留意点と前処理により検体依存のトラブルを回避し、安定的に高純度な核酸の回収法を提案いたします。
こんな方におすすめです:
・唾液サンプルを用いたウイルス感染症の研究を行っている
・ウイルス感染症の研究を行っており、感度/再現性を改善したいと考えている
・サンプル由来の夾雑物の影響で、擬陽性/偽陰性のトラブルを経験したことがある
・ハイスループットの核酸精製を検討している
▼もくじ [非表示]
唾液を用いたPCR検査の有効性:より非侵襲的で簡単に採取可能
当初、国内の新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)の検査は、鼻咽頭拭い液によるPCR検査のみが保険適用とされていましたが、2020年4月に米国で唾液による検査が食品医薬品局(FDA)に認可され、国内においても2020年6月より唾液検体も保険適用とする厚労省通知がなされました。厚労省の検証では、有症状者(発症から9日目以内)/無症状者ともにSARS-CoV-2、唾液を用いたPCR検査(LAMP法を含む)の結果と、鼻咽頭拭い液PCR検査を比較し、高い一致率が得られえることが報告され、唾液サンプルの活用の有効性が報告されました。*1
唾液を用いることで検体採取が簡易化され、感染のリスクも大幅に軽減されました。鼻咽頭拭い液採取では、被験者の鼻咽頭に到達するまで最大5インチ(約12.7 cm )の深さまで専用の綿棒を挿入する必要があります。ほとんどの被験者は、クシャミ、せき、涙が生じるため感染のリスクが高く、採取には訓練を受けた医療専門家による処置が必要です。また鼻咽頭拭い液の採取を一度 受けた被験者は繰り返しの検査に参加することを躊躇する可能性もあり、さまざまな課題があります。
一方、唾液は採取が簡単なため、感染症指定医療機関以外でのサンプリングが可能になり、被験者自らが簡単に採取できます。採取者が被験者と直接接触する必要がないため、感染リスクが軽減され、鼻咽頭拭い液の代替として多くの現場で利用されています。
唾液採取のガイドライン
唾液検体は一定の条件を満たした状態で採取します。多くの研究/検査機関では以下の条件を必須条件としてガイドラインが作成されており、PCR検査や次世代シーケンスの反応に悪影響を与える可能性のある条件を排除し、最良な結果が安定的に得られるように指示を行っています。唾液採取は被験者自身で行うことが多いため、事前の説明が必要になります:
1. 唾液のサンプリングを行う 少なくとも30分前には、飲食、喫煙、かみタバコ、チューイングガム、歯磨き、うがい薬によるうがいを行わない
2. 唾液のサンプリングの30分前までに水でうがいをしておく。うがいは口に水を含み10秒間よくすすいで、口の中のごみを除く
3. 唾液の回収には、口の中で唾液をためてから、受動的に容器に回収する
4. せきばらいや、痰(たん)を取るような方法で唾液を回収しない
新製品のThermo Scientific™ SpeciMAX™ Saliva Collection Kitは、唾液を簡単に採取する唾液採取キットです。SpeciMAX唾液採取キットには、使いやすい漏斗、自動化に適した唾液採取チューブ、および採取後にサンプルを固定するスクリューキャップが含まれています(図1)。
SpeciMAX Saliva Collection Kit は、保存剤などは含まれていません。
一般的に採取した唾液サンプル中のウイルスRNAの安定性は、室温で最大7日間程度となっています。弊社のテストでも不活性化SARS-CoV-2ウイルスをスパイクした唾液を室温で7日間保存した場合でも、安定して検出できることを確認しています(図2・詳細)。
また7日以上の保存が必要な場合、最大14日間の室温保存に耐えられるThermo Scientific™ SpeciMAX™ Stabilized Saliva Collection Kitが利用できます。
唾液サンプルの前処理 夾雑物を除いて効果的な精製を行うために
唾液にはさまざまな物質が混在しています。唾液は、耳下腺、顎下腺、舌下腺から分泌され、水分、粘液、タンパク質、電解質、アミラーゼなどから構成されていますが、 食物の分解を行うムチン、ミネラル成分、非病原性の口腔共生細菌、さらにヒト由来の上皮細胞など多くの夾雑成分が含まれています。
こうした唾液の粘性や夾雑成分は、唾液検体からウイルスRNA精製操作を邪魔する場合があります。唾液検体は被験者によって粘性の程度や夾雑物の混在量が大きく異なってきます。唾液検体によっては粘性または夾雑物が多く、ウイルスRNAの回収レベルが大きく低下したり、以後の解析反応を阻害する場合もあります。この章ではすべての検体で安定に高純度のウイルスRNAを回収するための簡単な前処理方法を紹介します。
唾液の粘性や夾雑成分の除去のための前処理は非常にシンプルで、サンプルと等量のPBSを添加し、室温で30分間程度インキュベートするのみです(図3)。
このインキュベーションの間に夾雑物はチューブの底部分に沈殿を形成します。沈殿物の量は検体によって大きく異なります。沈殿物がほとんど確認できない検体もあれば、全体の半量以上まで沈殿物に占められる場合もあります。沈殿物は比較的しっかりと集積されるため遠心処理が必要ないことが多いのですが、沈殿物が多過ぎて上清回収が難しい場合はオプションの遠心処理を行うと改善されます。
本章では、唾液中の夾雑成分が以後のウイルスRNA検出にどの程度影響を与えるかのテストを行いました。テストでは、3検体由来の唾液サンプルに対し、それぞれ”前処理を行った試験区”と”前処理を行わなかった試験区”を設定し、検出感度の違いが生じるかを確認しました。
各唾液サンプル(200 μL)に等量のMS2ファージコントロール (5 μL)をスパイクし、Applied Biosystems™ MagMAX™ Viral/Pathogen II (MVP) Nucleic Acid Isolation Kitを用い、自動精製システムのThermo Scientific™ KingFisher™ Flexシステムで核酸を抽出し、検出をApplied Biosystems™ TaqPath™ 新型コロナウイルス (SARS-CoVCoV -2) リアルタイム PCR 検出キット(承認番号:30200EZX00023000 )を用い、Applied Biosystems™ QuantStudio™ 5 Real-time PCR Instrument で検出を行いました(図4)。
結果は、全体としてほぼ同等の検出感度(CT値)でMS2ファージコントロールが検出されましたが、1検体の”前処理なしの試験区”でのみ著しく検出感度の低下が確認されました。この検体では”前処理あり試験区”では、他のサンプルと同等の検出感度であったため、サンプル由来の粘性または夾雑成分によってRNAの回収効率低下またはRT-PCR反応阻害が生じたことが予想され、さらに前処理を施すことによりこの感度の低下が改善される結果が得られました。このように唾液サンプルでは検体により核酸精製が妨げられRT-PCR反応阻害が生じる可能性があり、結果として偽陰性の原因になる可能性が危惧されますが、簡単な前処理により トラブルの改善が期待できます。
唾液からのウイルス核酸精製に適したキットの選択
唾液サンプルをはじめ体液サンプル(液体サンプル:血清・血漿・尿・鼻咽頭拭い液など)からのウイルス核酸の精製では、一般的な細胞や組織由来の核酸回収のための精製キットの使用は適切ではありません。液体状のサンプルの場合、核酸の結合をコントロールする試薬の塩濃度が希釈されてしまうため、核酸の回収効率が低下する可能性があります。そのため体液からでも核酸が回収できるように最適化され、かつサンプル中の微量に混在するウイルス核酸を取りこぼすことなく確実に回収できるようにデザインされたウイルス核酸回収専用の精製キットの選択が重要です。
当社は、体液サンプルからのウイルス核酸精製システムとして、スピンカラム式では一般的なラボ機器で操作可能なInvitrogen™ PureLink™ Viral RNA/DNA Mini Kitを、磁性ビーズ式では自動精製機器のKingFisherシリーズと組み合わせることにより一度に多検体を処理できるApplied Biosystems™ MagMAX™ Viral/Pathogen Nucleic Acid Isolation Kitをを推奨しています(表1)。
特にMagMAX Viral/Pathogen Nucleic Acid Isolation KitとKingFisherシリーズの組み合わせは、新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)検査・研究をサポートするため、弊社R&Dスタッフによるプロトコルの改良が重ねられ、スタートサンプル量を400 µLから200 µLに減らすオプションが設けられました。これにより貴重なサンプルの消費量を減らし、さらに精製Kitあたりの処理サンプル数が2倍になるため、精製に伴う消耗品のコスト軽減にもつながります。さらに過剰な洗浄ステップをスキップさせることで、精製処理の時間の短縮を図っています。こうした改良は検出感度を損ねることなく実行されます(資料リンク)。
また唾液サンプル用にはさらに最適化されたプロトコルも作成されています。改良されたKingFisherシリーズの動作用のプロトコルファイルは、製品ページからフリーでダウンロードすることが可能で、プロトコルファイルをKingFisherシリーズにインポートするだけで簡単に動作させることが可能です。
またウイルス核酸精製/検出を行うラボでは、RNaseおよびDNAのコンタミネーションを排除することは、ダウンストリームでの誤検出を回避するために不可欠です。COVID-19のようなRNAウイルスの検出では、RNaseやDNAのわずかな汚染により偽陰性や疑陽性が生じる恐れがありますので、除染操作を頻繁に行うことでリスクを最小限に抑えることができます。
Invitrogen™ RNase AWAY™ Decontamination Reagentは、簡単な操作で、実験室の実験台や器具の表面に付着されたRNaseおよびDNAの汚染を効果的に除去可能です。
まとめ
本稿では、新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)検査・研究のための唾液検体からのウイルス核酸調製の方法を紹介しました。唾液は、非侵襲的でサンプリングが簡単なサンプルと言えますが、粘性または夾雑物が多く、精製工程でウイルス核酸の回収効率低下の原因となったり、以後の解析反応を阻害する場合もあります。これが結果として誤検出の原因となる可能性があります。こうしたサンプル由来の粘性や夾雑成分は、シンプルな前処理によって安定的な結果が期待できます。
唾液検体を用いたリアルタイムRT-PCR法による検出や次世代シーケンスによる検出などを行われている、または今後行う予定の研究者の方はぜひお試しいただくことをお薦めします。
参考文献:
*1 厚生労働省「唾液を用いたPCR検査の導入について」
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。