ゲノム編集のノックインは、ゲノム編集技術が広く浸透した現在でも、根気よく行う必要があると言われています。その理由は、主に下記の2点です。
- ドナーDNAベクターのデザインや作製が面倒
- ノックイン効率が高くない
詳しくは後述しますが、平たく言ってしまうと、一般的に「ノックインは手間がかかる」のです。
しかし、ゲノムに挿入したい配列がGFPやHis-Tagなど「よく使われる配列」の場合、市販品でさっさと挿入してしまいたいですよね。
実際、GFPなどの蛍光物質挿入用のドナーベクターなどが市販されています。しかし、ドナーベクターにターゲット遺伝子の相同配列を入れなければならないため、クローニングが必要です。つまり、市販品を使ってもそれなりの手間がかかってしまうのです。
ですが、面倒なクローニングをせずにドナーDNAが作製できれば楽です。また、当然ながらノックイン効率も高いドナーが作製できればより良いですね。実は、これらの要望すべてに沿えるキットがInvitrogen™ TrueTag™ ドナーDNAキット(以下TrueTagキット)です。
本ブログでは、このキットを使ったドナーDNA作製についてご紹介します。
数時間でドナーDNAを作製
TrueTagキットはGFPやRFP、MycやHis-tagなど、「よく使われる配列」をノックインするときに便利なツールで、数時間でドナーDNAが作製できます。
ノックインの主な課題である、
- ドナーDNAベクターのデザインや作製が面倒
- ノックイン効率が高くない
を、このキットを使うだけで解決できます。
では、TrueTagキットがこの2点の課題をどのように解決するのか説明しましょう。
まず、「1. ドナーDNAベクターのデザインや作製」についてです。
CRISPR-Cas9システムのドナーDNAには、主に「一本鎖オリゴDNA」か「ドナーDNAベクター」が選ばれます。前者はInvitrogen™ TrueDesign™ Genome Editorでデザインが可能ですので、ここから合成品を注文すれば、作製は面倒ではありません。
しかし、一本鎖オリゴDNAをドナーにするのは、主に挿入したい配列が数十塩基など短い配列のときです。挿入したい配列が長いときは、ドナーDNAベクターが主流で、ドナーDNAベクターの作製にはクローニングが必須です。なぜクローニングが必須かいうと、ドナーDNAには、ターゲットの周辺配列と相同的なアーム配列が必要なため、ターゲット遺伝子に合わせて作製しなければならないためです(図1、またはこちらを参照)。

図1. ノックイン用ドナーDNAベクターのデザイン
図1のarm、Gene1、arm部分だけを挿入するだけでドナーDNAが作製できるベクターも幅広く市販されています。市販のドナーベクターを用いずに自分で作製する場合は、いくつか方法がありますが、たとえばInvitrogen™ GeneArt™ Seamless kitを用いれば、arm/ターゲット/armの3断片をベクターに導入できます。
しかし、上記の方法はいずれもクローニングが必須です。つまり、ドナーDNA作製に数日かかってしまいます。
一方、TrueTagキットは、ドナーDNAは数日ではなく数時間で作製できます。実はTrueTagキットで作製するドナーDNAはベクターではないからです。ドナーDNAは、二本鎖のPCR断片です。二本鎖PCR断片でも、タンパク質をコーディングする遺伝子など、ある程度長い配列をノックインできることが確認されています1。こういった理由から、TrueTagキットではクローニングの必要もありません。
TrueTagキットによるドナーDNA作製方法を図2に示しました。
TrueDesign Genome Editorでデザインしたプライマー(フォワード・リバース)とTrueTagキットに含まれているテンプレート、これらを用いてPCRで反応させます。その後、カラムで精製するだけ。これだけです。

図2. TrueTagキットによる、ドナーDNA作製方法
※ターゲットの相同配列を含むプライマーは、無料デザインサイトTrueDesignで、sgRNAのデザインと併せてデザインでき、TrueDesignサイト上で注文できます。
二本鎖のPCR断片をドナーとする最大のメリットは「作製が簡単なこと」です。何しろ、PCRで増やして精製するだけ、クローニングも必要ないので、数時間でドナーDNAが完成するからです。
ここまでお読みいただいて、少し心配になっている方がいるかも知れません。それは、「二本鎖のPCR断片をドナーとして使用した場合、果たしてノックイン効率は高いのか低いのか?」という点です。しかし、TrueTagキットではノックイン効率はさほど気にしなくても問題がないのです。
そこで次に、ノックインの一般的な問題点である「2. ノックイン効率が高くない」へのTrueTagキットの解決策についてご紹介しましょう。
ノックイン効率問題は「濃縮」で解決
ゲノム編集において、ノックイン効率は低いのが一般的です。これは、ノックインの原理である相同組み換え(Homology Directed Repair:HDR)の効率が低いためだと言われています。そのためノックイン実験は根気よく行う必要があります。そういった背景もあり、今まで、ノックイン効率を少しでも上げるため、さまざまな模索が実施されて来ました。たとえば化合物L755,507の投与2やNHEJ阻害剤であるScr7の投与3、PITCh(Precise Integration into Target Chromosome)法の開発などです。
TrueTagキットではこういった工夫はされていません。それは、TrueTagキットのテンプレートにあらかじめ薬剤耐性遺伝子の配列が組み込まれているからです。つまり、ノックインが行われた細胞には、薬剤耐性遺伝子も組み込まれています。そのため、ノックイン効率がたとえ低かったとしても、ノックインが行われた細胞が1細胞でもあれば、薬剤を用いた濃縮ができます。

図3. TrueTagの薬剤耐性遺伝子による濃縮の結果
図3は、TrueTag GFP-PuroとRFP-Blastを用いて、HPRT遺伝子に対するgRNAをデザイン、それぞれをHEK293FT細胞にトランスフェクションした結果です。トランスフェクションの48時間後、細胞を0.5 μg/mLピューロマイシンおよび12 μg/mLまたは16 μg/mLブラストサイジン存在下で10日間培養しました。GFP+およびRFP+の細胞の割合は、フローサイトメトリー分析によって決定しました。結果として、Parental(親細胞コントロール)と比較して、80%以上のGFP+およびRFP+細胞を得ることができました。
TrueTagキットでは精製された二本鎖PCR断片をドナーDNAとして作製します。ターゲット遺伝子によってはドナーDNAベクターよりも効率が低いかも知れません。しかし、こういった薬剤耐性遺伝子がキットのテンプレートにあらかじめ組み込まれていますので、薬剤を用いたセレクションにより、効率的にノックイン細胞株を得ることができます。
TrueTagのラインナップ
TrueTagキットには下記の種類があります。それぞれノックインできる配列が製品名に表記されており、たとえばTrueTag Donor DNA Kit, GFPであれば、GFPの配列用のドナーDNAが作製できます。
TrueTagキット ラインナップ
TrueTag Donor DNA Kit, GFP A42992
TrueTag Donor DNA Kit, RFP A42993
TrueTag Donor DNA Kit, BFP A53806
TrueTag Donor DNA Kit, YFP A53807
TrueTag Donor DNA Kit, DDK A53808
TrueTag Donor DNA Kit, HA A53809
TrueTag Donor DNA Kit, Myc A53810
TrueTag Donor DNA Kit, 6xHis A53811
TrueTag Donor DNA Kit, GFP Stem A53812
TrueTag Donor DNA Kit, RFP Stem A53813
TrueTag Knockout Enrichment Donor DNA Kit A53815
TrueTagキットでノックインしたい配列を独自にデザインして入れることはできません。ドナーDNAが作製できるのはキットのラインナップにある「よく使われる配列」であることに注意しましょう。
この中でユニークなのが、TrueTag Knockout Enrichment Donor DNA Kitです。ゲノム編集の「ノックアウト」はランダム変異が挿入されることで起こりますが、この製品は、「ストップコドンを3つ」ノックインすることでノックアウトを起こすドナーDNAを作製できるキットです。
もちろんドナーDNAを用いないノックアウトがうまくいくのであれば、ドナーを用意する必要がありませんのでTrueTagキットを使う必要もありません。しかし、ノックアウト効率をどう検討しても低い場合は、TrueTagを用いて濃縮を行うことで、ノックアウト細胞株の効率よい樹立ができるかもしれません。
まとめ
ゲノム編集のノックイン効率は一般的に低いうえに、ドナーDNAベクター作製に手間がかかるという点がネックだと言われています。TrueTagキットは、「よく使われる配列」のドナーDNAを数時間で作製できるキットで、薬剤耐性遺伝子の配列を組み込むことにより、効率を気にせず濃縮ができるのが大きなメリットです。
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ゲノム編集の原理について知りたい方はこちら:
ゲノム編集の原理と手引き~CRISPR/Cas9とは?
ゲノム編集の実験について知りたい方はこちら:
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第1回 CRISPR/Cas9システムの原理~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第2回 ガイドRNAのデザイン~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第3回 3つのCRIPSR/Cas9実験系~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第4回 トランスフェクション~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第5回 変異の確認方法~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第6回 オフターゲット効果~
・そういうことだったのか! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9)~第7回 ノックイン実験の流れ~
参考文献
1. Enhanced CRISPR/Cas9-mediated precise genome editing by improved design and delivery of gRNA, Cas9 nuclease, and donor DNA
Xiquan Liang, Jason Potter, Shantanu Kumar, Namritha Ravinder, Jonathan D Chesnut
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3. Autocyclized and oxidized forms of SCR7 induce cancer cell death by inhibiting nonhomologous DNA end joining in a Ligase IV dependent manner
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研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。