この連載では、凍結保存に関する役立つ情報をお届けします。
普段、何気なく感じていることに対するヒントにもなると思いますので、ぜひお気軽にご覧ください。
今回は、凍結保存における冷却速度の種類と重要性、さらには冷却時の細胞損傷を防ぐためのソリューションをご紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・凍結保存の冷却速度の詳細を知りたい方
・細胞へのダメージを防ぎつつも手軽に凍結保存を実施したい方
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1.緩慢冷却と急速冷却の違いとは?
水はすべての生きている細胞の主成分であり化学反応を進めるために必要不可欠です。そのため、生体内のすべての水が氷に変化すると細胞の代謝が停止します。冷却工程において、氷は異なる速度で形成されます。
緩慢冷却は、細胞内で氷が形成される前に細胞外の水が凍結します1。細胞外で氷が形成されると、細胞外環境から水が除去され、細胞膜の内側と外側の間に浸透圧の不均衡が生じ、水が細胞外へと移動します。細胞外の溶質濃度の上昇ならびに細胞からの水の流出による細胞内の溶質濃度の上昇は、細胞の生存に有害な影響を与えます1。一方で、細胞内に過剰な水が保持されると、細胞内氷晶形成や融解時の再結晶化による損傷が生じ、細胞死を招きます。冷却速度はこれらの現象に大きな影響を与えます。
急速冷却では、氷が均一に形成されるため、溶質濃度の上昇による影響は最小限に抑えられますが、細胞外へ移動する水の量が少ないため細胞内氷晶形成がより多くなります。
一方、緩慢冷却では細胞外へ移動する水の量が多いため、細胞内氷晶形成は抑えられますが、溶質濃度が上昇します。細胞膜の透過性は水の流出に影響を与え、細胞膜の透過性が高い細胞のほうが透過性の低い細胞よりも急速冷却に良好な耐性を示します2。
Mazurらは、細胞損傷には氷晶形成および溶質効果の両方が関与しており、最適な冷却速度によりそれぞれの影響を最小限に抑えることが可能であると示しています3。一部の例外を除き、毎分1°Cの冷却速度が推奨されています。
2.冷却速度の重要性
細胞と凍結保護剤(DMSOやグリセロールなど)を混合し細胞懸濁液を調製したあと、懸濁液を冷却します(細胞の凍結方法はこちら)。細胞の冷却速度は氷晶の形成量やサイズ、また凍結中に発生する溶液効果(溶質濃度の上昇)に影響を与えるため、とても重要です。細胞の種類により適切な冷却速度は異なりますが、幅広い種類の細胞や生物において、1°C/分の均一な冷却速度が効果的です。
一般的に、大きな細胞ほどゆっくりと冷却することが重要になります。多くの細菌や胞子を形成する真菌は、理想的とはいえない冷却条件にも耐えることができるため、試料を-80°Cにしばらく放置することで凍結できます。一方、より感受性の高い細菌や胞子を形成しない真菌は、より均一な冷却速度を必要とします。原生生物や哺乳類細胞、植物細胞は、過冷却もしくは水から氷への相変化中に発生する潜熱の有害な影響を最小限に抑えるための特別な操作を必要とし、さらに厳格な冷却速度の制御を必要とします。
細胞内外に存在する水は約-2°C~-5°Cで凍結します。液体から結晶への相変化では、融解潜熱と呼ばれる熱の形でエネルギーが放出されます。過冷却状態から平衡凝固点に到達するまで凝固熱が放出されて温度があがり、凝固点に到達すると凝固がはじまり、氷が形成されていきます。この現象が及ぼす有害な影響を低減するため、人為的に氷晶形成を誘導し、過冷却を最小限に抑える必要があります。氷晶形成を促進させるためには、過冷却状態の溶液に氷もしくは何らかの核化剤のシーディングすること、または過冷却状態まで冷却したあとに急冷することが効果的と言われています。
3.プログラムフリーザー
冷却速度を制御するためには、冷却速度をプログラムすることが可能な細胞凍結装置、いわゆるプログラムフリーザーを使用します。シンプルな装置では、すべての温度範囲に対して単一の冷却速度しか選択することかできません。
しかし、より高度な装置では冷却曲線の温度に応じて、さまざまな速度を選択することが可能です。
4.簡易・細胞凍結システム
より安価で使い勝手の良い細胞凍結システムとして、-60°C~-80°Cの超低温フリーザー内にバイアルを静置することで冷却速度を制御した冷却プロセスを模倣することも可能です。この場合、均一な冷却速度を得るためには、バイアルを『特別にデザインされた容器』に静置することが必要です。発泡スチロールなどで作られた自家製の細胞凍結システムの一般的な冷却速度は平均で1°C/分と言われていますが、冷却曲線のある部分ではより速い冷却速度で細胞は凍結されており、均一な冷却速度を得ることは難しくなります3。また、このような自家製の細胞凍結システムには冷却速度の再現性も期待できません。
5.均一な冷却速度で手軽に細胞を凍結する方法
Thermo Scientific™ Nalgene™ Mr. Frosty 凍結処理容器(製品番号:5100-0001)は、簡易な細胞凍結システムであり、1°C/分に近い冷却速度を達成できるようにデザインされています(図6)。使い方も簡単であり、受け容器の水位ラインまで100%イソプロピルアルコールを注ぎ、付属の受け皿を乗せ、受け皿のバイアル挿入部位にバイアルを静置し、フタを占めて-80℃の超低温フリーザーに4時間以上静置するだけで毎分1分程度の冷却速度で細胞の緩慢凍結ができます。緩慢凍結後は、バイアルを液体窒素(-130℃もしくはそれ以下)に浸して急冷します。緩慢凍結により細胞内が脱水されているため、急冷しても細胞内での氷晶形成は抑制されます。これにより、細胞内外における氷晶形成による細胞損傷を抑えながら、凍結することができます。
再現性のある実験結果を確保するためには、細胞をはじめとした研究試料の保存には細心の注意を払う必要があります。しかしながら、日々の細胞培養の中で見落とされがちな凍結保存方法。ぜひ一度ラボでの凍結保存方法を再確認してみてはいかでしょうか。
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凍結保存に適した温度は何度なのか?液体窒素容器のイラストと共に詳細情報をご紹介します。
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(内容抜粋)
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関連情報
参考文献
- Simione, F.P. 1992. Key issues relating to the genetic stability and preservation of cells and cell banks. J. Parent. Science and Technology 46: 226-232.
- Nei, T., T. Araki and T. Matsusaka.1969. Freezing injury to aerated and non-aerated cultures of Escherichia coli. In T. Nei, Ed. Freezing and Drying of Microorganisms. University of Tokyo Press, Tokyo, Japan.
- Simione, F.P., P.M. Daggett, M.S. MacGrath and M.T. Alexander. 1977. The use of plastic ampoules for freeze preservation of microorganisms. Cryobiology 14: 500-502.
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