PCRやリアルタイムPCRでは、サンプル由来のDNAをテンプレートとして実験します。細胞から精製したDNAは凍結して保管しておくことが一般的かと思います。使用時に融解する際は、溶液をよく混ぜないと濃度ムラが生じてしまい正しい実験結果を出すことができないことは、以前のブログ(【やってみた】凍結サンプル、融解後にしっかり混ぜないとこんなに差が出る!)でもご紹介しております。このブログの内容は、当社で開催しているハンズオントレーニングにご参加のお客さまにもご紹介しているのですが、「融解後にしばらく放置した後は混ぜなくて大丈夫ですか?」というご質問をいただくことがあったので、実際のところはどうなのか、確かめる実験をやってみました。
やってみた結果
実験中にゲノムDNAを放置しても、チューブの中で濃度勾配はできませんでした。
材料と方法
溶液を実験中に放置すると、長いゲノムDNAは沈んでしまうのでしょうか?
このことを検証するため、Jurkat 細胞由来のゲノムDNAを使用しました。100 ng/µLの製品を10 ng/µLに希釈して、100 µLずつ3つのチューブに分注しました(図1)。

図1. 融解後のチューブを氷上で放置する様子
しっかり検証するために6時間放置という長めの放置条件を設定しました。1日の実験中に、6時間そのまま放置することはあまり無いのではないでしょうか(忘れて放置すると、氷が溶けて水になり、チューブがプカプカ浮いていたりするかもしれません)。地球の重力の1 gで放置するだけではゲノムDNAが沈まないかもしれないので、15,000 xgで30分の遠心も実施しました。放置後には各チューブ内の溶液の上部と下部から10 µLのDNA溶液を分取し、リアルタイムPCR用のサンプルとしました。ゲノムDNAを放置した実験概要は図2に示しました。サンプル①は6時間放置した後に内容物をしっかり混ぜたので濃度勾配ができていない、標準となるコントロールです。サンプル②と③は、氷上で6時間放置したもの。サンプル④と⑤は、5.5時間氷上で放置し、さらに15,000 xgで30分間遠心したものです。サンプル②とサンプル④はチューブ内容液の上から、サンプル③とサンプル⑤は下から回収したので、もし今回の実験条件でゲノムDNAが沈んで濃度勾配ができたとすると、リアルタイムPCRによる定量結果に影響が出ることが考えられます。

図2. ゲノムDNA放置実験の概要
リアルタイムPCRの試薬として、Applied Biosystems™ TaqMan™ Fast Advanced Master Mix for qPCRを使用し、増幅ターゲットの遺伝子としてRNase Pを選択しました。この遺伝子の存在量を定量するために、Applied Biosystems™ TaqMan™ Copy Number Reference Assay, human, RNase Pを使用しました。ゲノムDNAは10 ng/wellで使用し、製品の取り扱い説明書に従い20 µL容量の反応液を調製しました。また、リアルタイムPCRの装置は、Applied Biosystems™ QuantStudio™ 5 リアルタイムPCRシステムを使用しました。
結果と考察
それでは結果を見てみましょう。
ゲノムDNAを実験中にしばらく放置すると、リアルタイムの定量結果にどんな影響があるのか、増幅曲線を確認します(図3)。

図3. リアルタイムPCRの増幅曲線(n=5)
①~⑤までの5種類のゲノムDNAサンプルについて、テクニカルレプリケートとしてn = 5で実験しました。その結果、増幅曲線がほぼ重なっていて1本しか見えないような結果となりました(図3)。このように増幅曲線からは、ほとんどばらつきがないように考えられました。
もう少し詳しく確認するために、増幅曲線とThreshold lineとの交点から算出されるCT値から、定量的な数値を確認します(図4)。

図4. ゲノムDNAを放置した場合の定量結果比較
箱ひげ図や、CT値の数値を確認した結果、ゲノムDNAの放置条件によらず、ほぼ同様の定量結果が得られました。このことから、実験中にチューブを放置したり、ましてや15,000 xgで30分間遠心したりしてもゲノムDNAは沈殿することはなく、溶液中の濃度は均一のまま保たれることが分かりました。
話は少しそれますが、エタノール沈殿はご存知でしょうか。
DNAを濃縮・回収する手法の1つで、「エタ沈」と略されて呼ばれています。エタノール沈殿の原理は、DNAの糖やリン酸部分がエタノールに溶けにくいことを利用し、さらに、塩(一価の陽イオン)を加えることでリン酸基の負電荷が中和され、DNA同士が凝集することで沈殿するとされています。細胞から精製したDNA溶液は、水やTE bufferが溶媒となっており、エタノール沈殿のようなDNAが沈殿する条件にはなっていません。そのため、放置や遠心した程度ではDNAが沈殿することなく濃度勾配もできなかったため、リアルタイムPCRによる定量値にも影響が無かったのだと考えられました。
まとめ
今回は、当社のハンズオントレーニングに参加してくださったお客さまからのご質問をきっかけに、DNAを放置するとリアルタイムPCRの定量値にどのような影響があるのか確かめる実験をやってみました。
その結果、しっかり混合したDNAサンプル溶液は、実験中に放置しても濃度勾配ができることは無く、わざわざ再び混ぜる必要はないと考えられました。一方、凍結していたDNAサンプルを融解した際は、チューブ内の溶液濃度を均一にするためにしっかり混ぜる必要がありますので、ボルテックス・スピンダウンなどを忘れずに実施してください。正確な実験データを効率よく出していただくために、少しでもご参考になれば幸いです。
リアルタイムPCRハンドブック
DNA/RNAリファレンスガイドPDF版
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。