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はじめに
Aさんはこれからゲノム編集を利用して遺伝子を解析したいと考えています。よく耳にするCRISPR/Cas9で実施したいのですが、何から手をつけていいのかわかりません。CRISPRとは?Cas9ヌクレアーゼとは?疑問ばかりなのでゲノム編集やCRISPR/Cas9システムに詳しい先輩に教えてもらうことになりました。
CRISPR/Cas9システムとは
Aさん:
先輩、CRISPR/Cas9を使ってゲノム編集実験を行いたいんです。何から始めればいいですか?
先輩:
じゃあ、まずは実験前にCRISPR/Cas9システムを理解しておこうか。その方が選択肢も広がるよ。
Aさん:
よろしくお願いします!
先輩:
では問題。CRISPR/Cas9に絶対に必要なものは2つです。さて何でしょう?
Aさん:
まず、ゲノムを切断するハサミが必要ですよね、これがCas9でしたっけ。あとは…?
先輩:
Cas9は正解。もう一つはガイドRNAだよ。切断場所を決めるための案内役なんだ。
先輩の言うとおり、Cas9とガイドRNAがゲノム編集の「主役」と考えましょう。
- Cas9ヌクレアーゼ:ゲノムを切断する酵素 (ハサミの役)
- ガイドRNA:切断部位を認識する役割を持っているRNA (標的遺伝子への案内役)
細胞内で、Cas9ヌクレアーゼはガイドRNAと結合しています。ガイドRNAが目的遺伝子に結合するとCas9ヌクレアーゼがそこにリクルートされてゲノムが切断されます。
先輩:
主役はこの2人だけど、2人が動く舞台(ゲノム)にも重要なポイントがあるんだ。Cas9がDNA切断を行うためには、ゲノム上にPAM配列が必要なんだよ。
ハサミ役:Cas9に必須なPAM配列
PAM配列(プロトスペーサー隣接配列)は、Cas9が標的の二本鎖配列を認識するために必要なゲノム上の配列です。たとえば、従来のCas9は、SpCas9は化膿性連鎖球菌、Streptococcus pyogenesに由来するクラス2のTypeⅡの酵素で、ほかの因子を必要とせず単独で活性を持つため、ゲノム編集用のヌクレアーゼとして最初に使われた酵素です。SpCa9のPAM配列はNGG(NはA、C、G、Tどの塩基でも可能)です。そのため、SpCas9を使用するゲノム編集には、二本鎖ゲノムのどちらかにNGG配列が必須です。

図1:ターゲット配列とPAM配列
Aさん:
目的遺伝子にNGG、つまり「GG」がなかったら、CRISPRシステムは使えないってことですか?どこでも切れるわけじゃないんだ。
先輩:
SpCas9の場合は、そうなるね。でもSpCas9以外のCas9もあるし、最近はほかにもCas12、Cas3など多くのヌクレアーゼが知られるようになっていて、それぞれPAM配列が異なるから、これらのヌクレアーゼを組み合わせれば、広範囲にわたってゲノム編集ができる柔軟なシステムになるよ。
PAM配列 | アミノ酸数 | ターゲットに結合するガイドRNAの長さ(crRNA長) | 特徴 | |
SpCas9 | NGG | 1368a.a(4.1 kbp) | 19~20 nt | 従来のヌクレアーゼ |
SaCas9 | NNGRR(T) | 1053a.a(3.2 kbp) | 20~22 nt | アデノ随伴ウイルスにパッケージング可能 |
Cj Cas9 | NNNNRYAC | 984a.a(3.0 kbp) | 21~23 nt | 分子量が非常に小さい |
PAM配列 | アミノ酸数 | ターゲットに結合するガイドRNAの長さ(crRNA長) | 特徴 | |
Cas12a (Cpf1) |
TTN | 1307a.a(3.9 kbp) | 20~23 nt | sticky endで切断、ガイドRNAが短い(~43 nt)、DETECTORシステムに応用 |
Cas14a | TTTR | 530a.a | 20 nt | 1本鎖DNAも切断 |
PAM配列 | アミノ酸数 | ターゲットに結合するガイドRNAの長さ(crRNA長) | 特徴 | |
Cas13a | 3′ A /U/C | 1160a.a | 28 nt | 1本鎖RNAを切断、ガイドRNAの外側を切断、SHERLOCKシステムに応用 |
※nt=塩基
表1のように、SpCas9以外にも多くのヌクレアーゼが知られています。それぞれPAM配列や分子量など特徴がさまざまです。
たとえばIn vivoでCRISPR/Cas9システムをデリバリーする場合、アデノ随伴ウイルス(AAV)を利用することが多いですが、SpCas9では分子量が大きくパッケージングが難しいため、より分子量が小さなSaCas9が使用されます。また、Cas12(Cpf1とも呼ばれます)はPAM配列がTTNです。つまり、SpCas9のPAM配列(NGG)が利用できない遺伝子でも、TTが存在すればゲノム編集が可能です。また、Cas12(Cpf1)ではガイドRNA自体が非常に短い(42塩基)ためgRNAの作成が容易というメリットもあります。このようにSpCas9以外にも多くのCas9が発見されており、ゲノム上の多くの部位でゲノム編集できるよう柔軟性が高くなってきています。
標的配列までの案内役:ガイドRNAの仕組み
Aさん:
表1を見ると、ヌクレアーゼの種類によって、ガイドRNAの長さも違うんですね。SpCas9のガイドRNAは19~20塩基あればいいんですか?
先輩:
いや、20塩基に80塩基を足して、全長100塩基が必要なんだ。ここはちょっとわかりにくいよね。図2を見てみよう。

図2:SpCas9のゲノム編集の原理
図2のとおり、ガイドRNAのうち、5’側の19塩基または20塩基は目的の遺伝子に対する相補配列(Target complementary crRNA:crRNA)になり、3’側の80塩基はトランス活性化型配列(Trans-activating crRNA:tracrRNA)と呼ばれるSpCas9が結合する配列になります。そのため、SpCas9のガイドRNAには100塩基の一本鎖RNA(single guide RNA)が使用されてきました。それぞれの役割を下記にまとめます。
- crRNA:ガイドRNAのうち、目的遺伝子に結合する配列
crRNA配列はPAM配列がゲノム上に多く存在していれば何通りもデザインできますが、この配列によって切断活性とオフターゲット切断の効率が大きく異なります。オフターゲットとは、目的遺伝子とは異なるゲノム配列上で切断と変異導入が起きる現象です。crRNA配列の特異性が低いとオフターゲットによる変異導入の発生率が高くなります。そのため、Invitrogen™ GeneArt™ CRISPR Search and Design Toolのような優れたデザイナーサイトを用いて特異性の高いガイドRNAを作成することをおすすめします(デザインの方法は、第2回で詳しくご紹介します)。 - tracrRNA:ガイドRNAのうち、Cas9が結合する配列
tracrRNA配列はSpCas9が活性を持つために必須な共通配列で、Cas9との複合体ではヘアピン構造を形成します。図2のように、目的の遺伝子にCas9ヌクレアーゼがリクルートされると、Cas9によりゲノムが切断されます。切断部位はPAM配列の上流3塩基目と4塩基目で切断されますので、変異はこの周辺に挿入されることになります。
ノックアウト実験とノックイン実験
Aさん:
ところで先輩、ゲノム編集にはノックイン実験とノックアウト実験がありますよね。僕は実験で「遺伝子の機能を破壊」できればいいんですが、どっちになるんでしょう。
先輩:
遺伝子の機能を破壊するだけなら、目的遺伝子配列にランダム変異を起こせばいいから、ノックアウト実験で十分だよ。
Aさん:
ランダム変異って何ですか?
先輩:
Cas9でゲノムが切断された後、細胞内で切断箇所の修復が起こるんだ。そのとき、切断された場所に変異が入ることがあるんだよ。この変異は欠失のこともあるし挿入のこともある。コントロールできないけど、数塩基から数十塩基の変異が入ることが多いよ。

図3:CRISPR/Cas9 ノックアウト実験で変異が入る仕組み
ノックアウト実験で変異が入る仕組みを、もう少し詳しくご説明しましょう。
まず、ガイドRNAとCas9ヌクレアーゼが細胞内に挿入されると、Cas9ヌクレアーゼはガイドRNAと結合して複合体を形成します。この複合体はCas9ヌクレアーゼ末端の核移行シグナルにより核に移行し、核内でPAM配列(NGG)に結合します。Cas9ヌクレアーゼはゲノムDNAを巻き戻す活性があるため、結合したPAM配列と上流の二本鎖ゲノムDNAが1本鎖に乖離し、ガイドRNAが相補鎖のゲノムと結合します。その後、Cas9ヌクレアーゼは目的遺伝子のPAM配列の上流3塩基目と4塩基目でゲノムを切断します(ダブルストランドブレーク、DSB、と呼ばれます)。切断が起こっても、通常は細胞内の修復経路(非相同末端結合;non homologous end joint)によりもとの配列に戻されます。ところが細胞内にガイドRNAとCas9の複合体が残存していると再切断が起きます。
こうして切断・修復が繰り返される間に、低い確率で修復エラーが起き変異が入ります。この変異はランダムのため、どのような変異なのか、欠失なのか挿入なのか、どれくらいの塩基数で変異が入るのかをコントロールできません。そのため、樹立したゲノム編集変異体の変異部位のシーケンスを行い変異の確認を行います。シーケンスの結果から遺伝子の両アレルに変異が入ったのか(ホモの変異)または片アレルに変異が挿入されたのか(ヘテロ変異)も判断できます。変異の確認については、第5回で詳しくご紹介します。
Aさん:
なるほど。
じゃあまずはノックアウト実験を試してみます!
一般的に、Aさんのようにノックアウト実験を行っている研究者の方がまだまだ多いため、このブログでは、ノックアウト実験のゲノム編集方法をご紹介していきます。なお、ノックイン実験の場合は、Cas9とガイドRNAに加え、ドナーDNAも必要になりますが、詳しくは第7回で紹介します。
まとめ:ゲノム編集の主役はCas9とガイドRNA
A君による「はじめてのゲノム編集実験」では、まずはゲノム編集の主役や舞台を理解するところから始まりました。ゲノム編集では、ゲノムを切断するハサミ役であるCas9ヌクレアーゼ、それに標的配列までの案内役であるガイドRNA、この2人が主役です。これらが動く舞台(ゲノム)上で必要なのはPAM配列。この配列はヌクレアーゼの種類によって異なることがわかりました。
Aさん:
だいぶわかってきました。試しにSpCas9でガイドRNAがデザインできるか、試してみようかな…。もしPAM配列のGGがなければ、別のCas9を試してみることにします。
先輩:
いいと思うよ。じゃあ次回はガイドRNAデザイン方法やツールについてお話しようか。
<ゲノム編集実験シリーズ>
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第1回 CRISPR/Cas9システムの原理~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第2回 ガイドRNAのデザイン~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第3回 3つのCRIPSR/Cas9実験系~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第4回 トランスフェクション~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第5回 変異の確認方法~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第6回 オフターゲット効果~
そういうことだったのか ! ゲノム編集実験(CRISPR/Cas9) ~第7回 ノックイン~
<ゲノム編集の基礎的な内容>
ゲノム編集の原理と手引き
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