平成16年4月1日に施行された水道法の水質基準項目に臭素酸が追加され、イオンクロマトグラフ-ポストカラム分析法(IC-PC法)が採用されました。次いで、平成29年4月にLC-MS/MSが新たに採用されました。IC-PC法は多くの機関で、広く用いられている分析法です。
今回は、IC-PC法を用いた臭素酸分析について、その原理と実際の測定例をご紹介します。
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<反応原理>
臭素酸イオンはイオンクロマトグラフィーで測定できますが、近傍に溶出する塩化物イオンとの分離、水質基準で求められる基準値の1/10濃度を測定することが難しく、その測定にはポストカラム誘導体化法が採用されました。
臭素酸イオンは、強酸性下にて臭素の三量体を生成して、三臭化物イオンとなります。これを268 nmの紫外域波長で測定します。反応液Aに亜硝酸ナトリウム水溶液、反応液Bに臭化カリウム/硫酸混合水溶液を添加して、カラム溶出液と順次反応させます。亜硝酸ナトリウムは三臭化物から可逆反応を抑制するために添加されます。装置構成を図1に示します。
< IC-PC法の3つの特長>
- 電気伝導度検出器を併用できるため、無機陰イオンの同時測定も可能
- ポストカラム誘導体化によって、臭素酸と同時にヨウ素酸(IO3–)、亜塩素酸(ClO2–)が測定可能
- サンプル中のマトリックスの影響を受けないため、臭素酸の高感度分析が可能
図1:装置構成
<装置構成>
・イオンクロマトグラフ
炭酸系カラムを用いる場合: 溶離液送液ポンプ、カラムオーブン、電気伝導度検出器が必要
水酸化物系カラムを用いる場合: 上記に加え、溶離液ジェネレーターが必要
・ポストカラムシステム
PCM-520(反応液送液ポンプ、ヒーター付反応コイル、UV/Vis検出器、リザーバーユニット)
・データ処理システム
<炭酸系カラムによる測定条件>
- 装置: イオンクロマトグラフ、PCM-520システム
- カラム: Thero Scientific™ Dionex™ IonPac™ AS9-HC / AG9-HC
- カラム温度: 35℃
- 溶離液: 9.0 mmol/L Na2CO3
- 溶離液流量 : 1.0 mL/min
- サプレッサー Thermo Scientific Dionex ACRS 500
- 再生液: 12.5 mmol/L H2SO4
- 再生液流量: 1.0 mL/min
- ポストカラム反応液: A) 1.2 mmol/L NaNO2 B)1.5 mol/L KBr/1.0 mol/L H2SO4
- 反応液流量: A) 0.2 mL/min B) 0.4 mL/min
- 反応コイル: 2.0 m × 0.51 mm I.D.
- 反応コイル温度: 40℃
- 試料注入量: 100 μL
- 検出器: 電気伝導度、UV/Vis(λ=268 nm)
<水酸化物系カラムを使用した場合の測定条件>
- 装置: イオンクロマトグラフ、PCM
- カラム: Dionex IonPac AG18/ AS18
- カラム温度: 45℃
- 溶離液 : 15~50 mmol/L KOH(グラジエント)
- 流量: 1.0 mL/min
- サプレッサー : Thermo Scientific Dionex DRS 500
- 再生液: 超純水
- 再生液流量: 2.0 mL/min
- ポストカラム反応液: A) 1.2 mmol/L NaNO2 B)1.5 mol/L KBr/1.0 mol/L H2SO4
- 反応液流量: A) 0.2 mL/min B) 0.4 mL/min
- 反応コイル : 2.0 m × 0.51 mm I.D.
- 反応コイル温度: 40℃
- 試料注入量: 200 μL
- 検出器: 電気伝導度、UV/Vis (λ=268 nm)
<測定結果>
以下に炭酸系カラムDionex IonPac AS9-HCを用いた場合のヨウ素酸、亜塩素酸、臭素酸標準各1 μg/Lのクロマトグラムを示します。この条件における臭素酸の直線性は0.5~50 μg/Lの範囲で、相関係数0.999以上、試料注入量100 μLのときの検出下限(S/N=3)は0.58 μg/L でした。また、1.0 μg/Lの臭素酸を用いたときの繰り返し再現性(相対標準偏差、n=5)は、3.5 %でした。
図2:Dionex IonPac AS9-HCを用いた場合のクロマトグラム
次に水酸化物系カラムDionex IonPac AS18を用いた場合の臭素酸1 μg/L のクロマトグラムを示します。この条件における臭素酸の直線性は、0.5~50 μg/L の範囲で、相関係数0.999 以上、試料導入量200 μL のときの検出下限(S/N=3)は0.30 μg/L でした。
また、1.0 μg/Lの臭素酸の繰り返し再現性(相対標準偏差、n=5)は2.9 %でした。
図3:Dionex IonPac AS18を用いた場合のクロマトグラム
次に、水道水中の臭素酸にDionex IonPac AS9-HC を用いた際のクロマトグラムと、
同じ試料をDionex IonPac AS18 を使用して測定した結果を示します。
図4:Dionex IonPac AS9-HC を用いた水道水中の測定例
図5:Dionex IonPac AS18 を用いた水道水の測定例
<使用する試薬と調製方法>
IC-PC法による臭素酸測定の際に用いる試薬と各溶液の調製方法をまとめました。
使用する試薬
- 溶離液用 炭酸ナトリウム 特級粉末
- 炭酸水素ナトリウム 特級粉末
- 再生液用 1 mol/L 硫酸 容量分析用
- 反応液用 臭化カリウム 特級粉末
- 濃硫酸 精密分析用
- 亜硝酸ナトリウム 特級粉末
- 標準用 臭素酸カリウム 特級粉末
- 亜塩素酸カリウム 特級粉末
- ヨウ素酸カリウム 特級粉末
<各溶液の調製方法>
①溶離液
1) Dionex IonPac AS9-HC の場合(9.0 mmol/L Na2CO3)
溶離液原液(0.9 mol/L Na2CO3)は、Na2CO3 を47.7 g秤量し、純水で全量を500 mL とします。使用時に原液を脱気した純水で100 倍に希釈します。
2) Dionex IonPac AS18 の場合(15~50 mmol/L KOH)
溶離液ジェネレーターにより自動生成させます。
②再生液(12.5 mmol/L H2SO4)
1 mol/L 硫酸を50 mL 量り、純水で全量を4 Lにします。(陰イオンとの同時分析を行わない場合は、再生液は不要です。)
③反応液A(1.2 mmol/L NaNO2)
4.14 g の亜硝酸ナトリウムを脱気した純水500 mLに溶かし、原液とします。冷暗所で保管してください。使用時に原液を100倍に希釈します。
④反応液B(1.5 mol/L KBr、 1.0 mol/L H2SO4)
500 mLのメスフラスコに約300 mLの脱気した純水を入れ、89.4 gの臭化カリウムを溶かします。完全に溶けてからドラフト内で濃硫酸26.6 mL を静かに加えます。濃硫酸を加える際は、熱および煙が発生するため、保護具をつけるなど十分に注意してください。さらに、ゆっくりと超純水を加えてメスアップします。
⑤標準(各1000 mg/L)
臭素酸:臭素酸カリウム0.130 gを純水に溶かし、全量を100 mLとします。
ヨウ素酸:ヨウ素酸カリウム0.122 g を純水に溶かし、全量を100 mLとします。
亜塩素酸:亜塩素酸ナトリウム(含量80 %)0.167 gを純水に溶かし、全量を100 mLとします。
使用時はこれらの1000 mg/L溶液を純水で希望濃度に希釈してください。(低濃度の亜塩素酸は非常に不安定なため、数時間でピークとして検出できなくなりますので注意してください。)
<まとめ>
IC-PC法を用いることで、水質基準値の1/10(1 μg/L)において、臭素酸が精度良く測定できます。
さらに、サプレッサーを用いて電気伝導度検出器を併用することで、陰イオン成分の同時測定が可能となります。
また、最近では臭素酸の分析のためにIC-MS/MSの開発も進められています。IC-MS/MSでは面倒な反応試薬の作成や前処理が不要となります。
詳細は以下の「水道水中の陰イオンの分析」でもご紹介していますので、ぜひご覧ください。
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