はじめに
免疫組織化学は、生体高分子の細胞内や組織内での局在を、解剖学・免疫学・生化学的な手法を組み合わせて解析するための方法です。1930年代に実験の原理は考えられていましたが、初めての研究が報告されたのは、1942年のCoonsらによるFITC標識抗体を用いた実験(文献1)になります。その後、組織の固定法や標識法、さらに顕微鏡技術などに様々な改良が加えられ、免疫組織化学は現在の研究に欠かせない解析法になりました。現在の免疫組織化学では、酵素標識抗体を用いる酵素標識法や蛍光標識抗体を用いる蛍光標識法が最も一般的に行なわれており、抗体に標識されている酵素に基質を反応させて得る発色産物を光学顕微鏡で解析するか、抗体に標識された蛍光色素を蛍光顕微鏡で解析します。
組織または細胞の固定
免疫組織化学では試料の形態を保持し、かつ抗原部位へ反応試薬が浸透することが重要です。はじめに、生体から摘出した組織を固定します。固定では、水溶性抗原の拡散や組織構造の分解を防ぐこと、物理的強度を得るために、高分子化合物を架橋(ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、DMS)または析出(アルコール、アセトン)させます。
固定された組織では、リソソームに由来する内因性酵素による分解も抑えられ、微生物やカビの増殖も防止できますが、架橋された組織へは抗体が浸透しにくくなる場合や、析出したタンパク質の変性により抗原性が低下することがあります。このような問題を最小限に抑えるため、抗原の活性や局在性にも影響を与えないように最適な固定方法を確立する必要がありますが、最適な固定法は試料によっても異なるため、もし精製済みの抗原が利用できるのであれば、いくつかの固定法を用いて抗原抗体反応への影響をドットブロット(文献5)によりあらかじめ評価しておくのが理想的です。
組織化学や病理組織のテキストには、様々な固定法とその結果が、様々な抗原に関して詳細に記載されています。固定法の決定には、表1(文献2-5)のようなガイドラインも有用ですが、ある固定法で同一抗原上のエピトープが維持されていたとしても、他のエピトープは破壊されていることもあります。固定法の選択には細心の注意が必要であり、固定液の種類と濃度、固定時間、温度、固定後処理を考慮する必要があります。
主な固定液
ホルムアルデヒド
ホルムアルデヒドはタンパク質の主に塩基性アミノ酸と反応してメチレン架橋を形成、組織を安定化させます。メチレン架橋はホルムアルデヒド濃度、温度、pH、時間に依存します。ホルムアルデヒドによる固定は比較的おだやかで、(完全ではありませんが)可逆的で、分子サイズも小さいため組織への浸透も良好です。欠点としては固定した組織が縮んだり、歪むことがあります。また、ホルムアルデヒドは空気中の酸素によって酸化されてギ酸を生じ、最終的にパラ ホルムアルデヒドに再重合するため、使用直前にパラホルムアルデヒドからフレッシュなホルムアルデヒド溶液を調製するか、安定させるため10% メタノールを添加します。弊社では、不活性ガスを充填したアンプル封入(メタノール不含)の16% Formaldehyde (w/v), Methanol-freeをランナップしています。ホルムアルデヒドを含む固定液としては、4% パラホルムアルデヒド、ブアン固定液(飽和ピクリン酸+ホルマリン+氷酢酸)と10% リン酸緩衝ホルマリンなどが一般的です。
グルタルアルデヒド
グルタルアルデヒドはアミノ基、スルフヒドリル基(および芳香環)と反応します。ホルムアルデヒドよりも強力なタンパク架橋剤ですが、組織への浸透はホルムアルデヒドよりも遅く、水溶性タンパク質の構造が壊れる場合があります。グルタルアルデヒドを用いて固定された組織は検出前にアミンを含有するバッファーで前処理をおこない、(抗体のアミンと共有結合する可能性のある)未反応のアルデヒド基をブロックする必要があります。ブロッキングにはエタノールアミンやリシンが用いられます(文献1)。4% ホルムアルデヒドと0.1% グルタルアルデヒドの0.1M リン酸緩衝溶液、5% グルタルアルデヒドの0.1M カコジル酸/1% ピロ亜硫酸ナトリウム溶液, pH7.5-7.8が一般的です。
DMS
ジイミドエステルであるDimethyl Suberimidate (DMS)も架橋剤としてグルタルアルデヒドの代わりに組織の固定で使用されます(文献6)。DMSはタンパク質のN末端アミンおよびリジン側鎖アミンを架橋する二価のホモ架橋剤です。DMSは光学顕微鏡や電子顕微鏡の固定に使用され、抗原性が維持されやすいこと、アルデヒド基のブロックが必要ないことが利点として挙げられます。
アルコール
エタノール、メタノール、アセトンなどのタンパク沈殿剤を用いる析出法は、高分子量のタンパク質も沈殿させ、細胞試料の保存に有効です。ただし、これらの沈殿剤は組織への透過性が低く、固定が不完全になることもあり、また組織の収縮が生じるため電子顕微鏡の固定には不向きです。
抗原 |
推奨される固定法 |
低分子量のタンパク質、ペプチド、酵素 | ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド-ピクリン酸 |
酵素とペプチド | パラホルムアルデヒド-ピクリン酸、グルタルアルデヒド |
アミノ酸などの低分子 | グルタルアルデヒド |
細胞質内抗原;リンパ節の生体組織検査 | 塩化水銀 |
膜タンパク質 | 酢酸-塩化亜鉛 |
糖タンパク質 | 過ヨウ素酸-リシン-パラホルムアルデヒド |
高分子量タンパク質抗原(イムノグロブリン) | 沈澱剤(エタノール、メタノール、アセトン) |
切片の作成
固定した組織からの切片作成には、凍結切片と包埋切片があります。凍結切片は熱や有機溶媒による変性をうけないため、抗原性が維持されやすいという利点がありますが、組織形態の維持が難しいことがあります。
凍結切片の作成はショ糖濃度を上げながら組織をショ糖溶液に置換、続いて急冷することでまず凍結ブロックを作成し、凍結ブロックはクライオスタットにより切片を作成します。
包埋切片の作成はパラフィン包埋が最も一般的です。組織の脱水と脱脂を行うため、まず濃度を上昇させながらエタノールに置換、つづいてキシレンなどの有機溶媒(中間溶媒)に置換します。融解させたパラフィン内でパラフィン浴をおこない、組織に浸透させたあと冷却してパラフィンブロックを作成します。ミクロトームで作成した切片(数μm)をスライドガラスに固定したあと、脱水・脱脂とは逆の手順でエタノール・純水への置換を順次おこない脱パラフィン・親水化します。
内在性物質による阻害
組織には免疫組織化学で使用される試薬と反応する酵素、ビタミン、ビオチンなどの物質が内在しています。細胞や組織の免疫染色で一般的に用いられる免疫パーオキシダーゼ法では、組織に内在するパーオキシダーゼ(プソイドペルオキシダーゼ)が過酸化水素と反応してDABなどのパーオキシダーゼ基質を発色させるため、抗原抗体反応によって抗体分子が存在する場所とは関係なく、内在性パーオキシダーゼの局在する場所でシグナルが生じます。このような内在性パーオキシダーゼは、固定した組織を抗体無しの条件で(他の実験操作は本実験と全く同一に)、DAB発色することで確認できます。そして、内在する場合には、標識に用いる酵素を変更するか、内在性パーオキシダーゼを不活性化する必要があります。不活性化では、3% 過酸化水素水溶液(文献7)または過酸化水素メタノール溶液(文献8)により処理します。Peroxidase Suppresorでは、過酸化水素水溶液またはメタノール溶液に比べて、より効果的に内在するパーオキシダーゼ活性を阻害できます(文献9)。
アビジンを用いて抗原の検出を増幅するABC染色では、肝臓、乳腺、脂肪組織、腎臓などの内因性ビオチンに富む組織では、非特異的シグナルが生じることがあります(文献10)。この内在性ビオチンの活性は特に凍結切片で顕著にみられ、アビジンの添加、および添加したアビジンの結合サイトをブロックするためにビオチンを添加することで内在性ビオチンを抑制します(文献14)。また、アビジンは糖タンパク質であり、組織に内在するレクチン様化合物と結合することがあります。アビジン分子上の糖鎖に類似した化合物を添加することで(文献11)、このような非特異的な結合を抑えることもできますが、糖鎖を含まないStreptavidinやNeutravidinに代替するほうが一般的といえます。
抗体の非特異的結合の抑制(ブロッキング)
組織サンプルに存在する非特異的サイトのブロッキングも重要です。一般的なブロッキング剤は通常血清であり、二次抗体と同種のホストから得られた通常血清を操作の最初に添加して非特異的吸着および(好ましくない)特異的吸着を阻止します。直接法を用いる場合、ブロッキング血清としては一次抗体と同種の通常血清を使用します。弊社製品の通常血清には、ヤギ、ウマ、ヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタがあります。
固定した組織サンプルのブロッキングでは、ブロッキングバッファーとの反応を一次抗体の添加前に10-30分ほど行います。サンプルの洗浄によりブロッキング剤がの効果低減を防ぐため、ブロッキング後は、洗浄せずに単にブロッキングバッファーを除くだけです。一次抗体と反応させたサンプルを洗浄した後は、二次抗体の添加前に再度ブロッキングを行うべきですが、二次抗体がブロッキングバッファーで希釈されている場合は必要ではありません。疎水的相互作用を軽減してバックグランドノイズを低下させるため、0.05% Tween-20などの界面活性剤が有効な場合もあります。
参考文献
- Coons, A.A., et al. (1942). J. Immunol. 45, 159-170.
- Culling, C.F.A. (1974). Handbook of Histopathological and Histochemical Techniques, 3rd ed. Butterworths, London.
- Lillie, R.D. and Fullmer, M. (1976). Histopathologic Technique and Practical Histochemistry, 4th ed. McGraw Hill Book Co., New York.
- Pearse, A.G.E. (1980). Histochemistry, Theoretical and Applied, 4th ed., Vol 1. Preparative and Optical Technology. Churchill Livingstone, London.
- Larsson, L.I. (1988). Immunocytochemistry: Theory and Practice. CRC Press, Boca Raton, FL.
- Hassel, J. and Hand, A.R. (1973). J. Histochem. Cytochem. 22, 229-239.
- Köller, U., et al. (1986). J. Immunol. Methods 86, 75.
- Streefkerk, J.G. (1972). Nature 330, 80.
- Fink, B., et al. (1979). J. Histochem. Cytochem. 27, 1299.
- Dakshinamurti, K. and Mistry, S.P. (1963). J. Biol. Chem. 238, 294.
- Naritoku, W.Y. and Taylor, C.R. (1982). J. Histochem. Cytochem. 30, 253-260.
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