2021年1月~3月に開催した「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」にたくさんのアイデアをご応募いただきありがとうございました!
皆さまから頂いたアイデアについて、社内で検討しBlogの記事として公開するテーマを決定しました(「やってみた」アイデア発表!当社テクニカルスタッフがあなたの疑問を解消します)。
今回は1つ目のテーマについて「やってみた実験」が完了したので、その結果を公開します!
はじめに
この企画で最初にお応えすることになったのは、ハンドルネーム“せっかちだけど忘れん坊や”さんからご応募いただいたアイデアです。
「Invitrogen™ Lipofectamine™ 2000あるいは3000を使っての遺伝子導入方法について。製品説明書ではDNAと試薬を混合して10~15分ほど静置するが、混合してすぐに細胞添加した場合と1~2時間ほどして細胞に添加しても発現には問題ないのかを調べてほしい。インキュベート時間がどうしても待てない場合とせっかく混合してインキュベート時間を待っていたのに別作業に集中してすっかり忘れてしまった場合を想定しています。」
このアイデア、テクニカルサポートスタッフの間でも「確かにどうなるのだろう?製品説明書の指定時間からずれるとトランスフェクション効率は低下するだろうけど、どの程度なのだろう?」と議論が盛り上がり、実際に実験してみることにしました!
材料と方法
材料:
HEK293(ヒト胎児腎臓由来細胞株)
Invitrogen™ Lipofectamine™ 3000 Transfection Reagent
pcDNA 6.2/EmGFP expression vector(1 µg/µL, 非売品)
Gibco™ Opti-MEM® I Reduced Serum Media
方法:
トランスフェクション前日に24 wellプレートに1.5 x 105 cells/wellのHEK293を播種しました。
トランスフェクション方法はLipofectamine 3000 の製品説明書に従って実施しました(Lipofectamine 3000は1.5 µL/wellで使用)。
トランスフェクション試薬とDNAの混合は一度にまとめて実施し、0 min ・ 5 min ・ 10 min ・ 15 min ・ 30 min ・ 1 hr ・ 2 hrs ・ 4 hrs ・ 6 hrs ・ 24 hrs、それぞれの長さで室温にてインキュベーションした後、HEK293を培養しているウェルに滴下してトランスフェクションを実施しました(n=2)。温度の影響を調べるため、6 hrs についてのみ試薬混合後に4℃でインキュベーションしたものでも実施しました。今回の実験では、トランスフェクション試薬とDNAの混合後のインキュベーション時間のことを、試薬放置時間と呼びます。
※製品説明書に記載のインキュベーション条件は、室温で10~15 min。
トランスフェクション効率の評価方法:
トランスフェクション後の培養時間はすべての処理で24 hrsに統一し、これを経過したものからInvitrogen™ Attune™ NxT Flow Cytometer を用いてGFP発現細胞の割合を測定することで、トランスフェクション効率を算出しました。
結果と考察
実験結果1:試薬放置時間ごとのトランスフェクション効率
まず、試薬放置時間について検討しました。製品説明書に従った試薬放置時間である10 minおよび15 minでは、どちらも2反復の平均で70%以上のトランスフェクション効率が確認されました(図1、表1)。試薬とDNAを混合してすぐに細胞に添加した0 minではトランスフェクション効率が45.6%と低く、混合後に5 min試薬放置すると製品説明書に従った場合とほぼ同等にまでトランスフェクション効率が高くなりました。その後、30 min ・ 1 hr ・ 2 hrs ・ 4 hrs ・ 6 hrs と試薬放置時間を長くするとともにトランスフェクション効率も低下し、4 hrs 以上試薬放置すると50%以下まで低下しました。さらに、トランスフェクション試薬とDNAを混合して24 hrs 放置すると3.4%にまで低下してしまいました。トランスフェクション試薬を添加しないネガティブコントロール(N.C.)ではは0.08%でした(表1)。
実験結果2:試薬放置温度の影響
次に、試薬放置温度の影響を調べました。6 hrs放置する条件の場合のみで、室温放置と4℃放置を比較したところ、4℃に放置した方がややトランスフェクション効率が高くなりました(図2、表2)。
考察
リポフェクション法の原理は次のように考えられています。
Lipofectamineを含むカチオン性脂質ベースの試薬では、負に荷電した核酸と正に荷電した合成脂質が静電相互作用によって自発的に縮合し、核酸と合成脂質の複合体が形成されます。この複合体がエンドサイトーシスを介して細胞に取り込まれ、導入DNAが核に移行することで遺伝子発現が誘導されます。試薬放置時間0 minでもGFPの発現が誘導されたのは、試薬を混合した瞬間からある程度は核酸と合成脂質の複合体が形成されたからだと考えられます。今回の実験では放置時間10 min でトランスフェクション効率がもっとも高くなり、試薬放置時間30 min くらいまでは効率は顕著には低下しませんでした。今回ご応募いただいた“せっかちだけど忘れん坊や”さんにお応えするならば、どうしても試薬放置時間を待ちきれない場合はできるだけ10 minに近づくように長くインキュベーションしていただき、放置してしまった場合は30 min くらいまでならトランスフェクション効率への影響は大きくない、と言えるかもしれません。ただし、今回試した実験系と異なる実験系でも同様の結果が得られるかどうかは不明ですので、その点には注意が必要です。
また、放置温度については6 hrsという長時間の放置では4℃の方がトランスフェクション効率が高くなりました。このことは、4℃の方が核酸と合成脂質の複合体の安定性がやや高くなることを示唆しているかもしれません。しかし、製品説明書に従った10~15 min の試薬放置時間の場合では、温度が低いと複合体形成の効率を低下させてしまうようなこともあるかもしれません。やはり、製品説明書に従い、試薬とDNAを混合した後は、室温で10~15 min インキュベーションするのが一番のおすすめです。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回の実験では、効率は低いですが試薬放置時間0 minでもトランスフェクションできることに驚きました。また、推奨の試薬放置時間(10~15 min)より少し長くなるくらいでは、トランスフェクション効率に大きな影響はないことが分かりました。しかし、トランスフェクション効率は、試薬とDNAの混合後のインキュベーション時間だけでなく、細胞タイプやその状態、使用培地や導入する分子タイプなどさまざまな要因に影響されます(詳細は:成功の秘訣を公開!トランスフェクションの効率に影響する8つの要素)。今回の結果は、あくまで今回の条件に限定されるもので、皆さまの実験系では必ずしも結果が合致しないかもしれないことをご承知おきください。ぜひ、製品説明書に従って実験を実施していただければと思います。
今回の実験は、2021年1月~3月に開催した「やってみたシリーズ アイデア募集イベント」にご応募いただいたアイデアにお応えするかたちで実施しました。
“せっかちだけど忘れん坊や”さん、アイデアをご応募いただきありがとうございました!
現在、Blog 記事として公開が決定している2つ目のテーマについて(「やってみた」アイデア発表記事へ)、「やってみた実験」に取り組んでいますので、次の公開を楽しみにしていてください!
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