ファージ RNA ポリメラーゼ(T7/T3/SP6)を用いたin vitro転写システムは、古くから効率的なin vitro翻訳によるタンパク質合成やマイクロインジェクションのためのRNAテンプレートの調製方法として利用されてきました。
近年では、プラスミドDNAの導入が困難な神経細胞や初代細胞において、mRNAを導入することでトランスフェクション効率を大幅に改善できることが確認されており、導入するmRNAの調製にもファージ RNA ポリメラーゼのin vitro転写システムが有効です。
その他、CRISPR Cas9システムのゲノム編集に使用するgRNA(ガイド RNA)の調製や、リアルタイムRT-PCRの絶対定量を行う場合のスタンダードRNAの調製などさまざまな研究に利用されています。
本稿では、in vitro転写でRNA調製を行う場合の適切な製品の選択、およびRNA合成を行う場合のポイントおよびトラブルシューティングを紹介します。
▼こんな方におすすめです!
・RNAテンプレートを用いたin vitro翻訳を行っている方
・RNAテンプレートでマイクロインジェクションを行っている方
・ゲノム編集のgRNAをin vitro転写で調製している方
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in vitro転写システムの選択
当社のMEGAscript™ テクノロジー(特許申請済)は、酵素反応を阻害する高濃度のヌクレオチド濃度下でも高活性を維持できることから、ラージスケールのin vitro転写反応が可能です。操作も簡単で(図1)、20 μLの反応系(1 μgのDNA template)で最大120~180 μgものRNAの合成が可能です。
MEGAscript™ テクノロジーでは、修飾のタイプやRNAのサイズなど、以後のアプリケーションに最適化された製品ラインアップを取りそろえております(表1)。
ファージRNA ポリメラーゼ(T7/T3/SP6)の選択とテンプレート DNAの準備
MEGAscript™ テクノロジーの製品の多くは、T7 RNA ポリメラーゼ、T3 RNA ポリメラーゼ、SP6 RNA ポリメラーゼの3種類から選択が可能になっています。いずれのRNA ポリメラーゼも高収量のRNAを合成できますが、テンプレートDNAによって持ち込まれる阻害物質やpHの変動に対して強い耐性を持つT7 RNA ポリメラーゼが選択される場合が多いです。
テンプレート DNAとして、プラスミド DNAやPCR産物、合成オリゴDNAを使用することが可能です。またテンプレート DNAには選択したファージRNA ポリメラーゼに対応するプロモーター配列を上流に付加する必要があります(図2)。
Plasmid DNAを使用する場合の注意
プラスミド DNAは、PCR産物や合成オリゴDNAと比較してサイズが大きく、転写の必要なコンポーネント(配列)が多く含まれていることが多いため、より安定した結果が得られます。しかしながら反応を行う前に、環状のプラスミドDNAを制限酵素により直鎖状に消化しておくことをお薦めしています。環状のプラスミドDNAを環状のままテンプレートとして転写反応を行った場合、ファージRNA ポリメラーゼが非常に高い活性を持つため、ターミネーター配列を有していても、インサート配列よりも大きいヘテロジーニアスなRNA産物が合成されてしまう可能性があるためです。
以下の留意点に配慮してプラスミドDNAの直鎖状処理をしてください:
●制限酵素処理:環状プラスミドDNAは、適切な制限酵素を選択して消化反応を行ってください。プラスミドDNAの切断部が3’-overhangになるとRNAポリメラーゼがテンプレートDNAから脱落しやすくなり、収量の低下が危惧されます。3’-overhangに消化する制限酵素は選択しないでください(KpnI、PstIなどがこれに相当)。
●制限酵素処理後の処理:制限酵素反応をストップし、エタノール沈殿でDNAを回収します:
1/20量の0.5 M-EDTA
1/10量の 3 M-酢酸ナトリウム または 5 M-酢酸アンモニウム
2倍量のエタノール
上記の試薬を制限酵素反応液に添加し、よく混合します。その後–20℃で少なくとも15分間冷却処理をし、最大スピードで15分遠心してDNAペレットを回収します。上清を除き、さらに2秒程度遠心し、マイクロピペットを用いて完全に上清を排除します。DNAペレットはdH2OまたはTE bufferに濃度が0.5~1.0 μg/μLになるように溶解します。
● Proteinase K処理(オプション):プラスミドDNAをミニプレップ法のような簡便法で調製した場合、RNase Aが残存している場合があります。また制限酵素処理でもRNaseやその他の転写阻害物質を持ち込んでしまう場合があります。テンプレートDNAの純度が原因で、RNAの収量が低下してしまった場合、template DNAにProteinase K(最終濃度100~200 μg/mL)とSDS(最終濃度0.5%)を添加して50℃で30分間インキュベートし、RNaseやその他のタンパク質の除去を行います。処理後は等量のフェノール/クロロホルムで抽出を行い、エタノール沈殿でDNAを回収します。
PCR産物を使用する場合の注意
PCR産物をテンプレートDNAとして転写反応を行うことも可能です。目的の配列を増幅するプライマーの5’末端にファージRNAポリメラーゼのプロモーター配列を付加し、PCR産物の上流部分にプロモーター配列を直接付加させることも可能です。ただしPCR産物は転写反応を行う前に必ずゲル電気泳動でチェックし、PCR産物のサイズが目的のサイズと一致し、標的以外の非特異的な増幅が生じていないことを確認してください。
in vitro転写反応を行う前にInvitrogen™ PureLink™ PCR Purification KitなどのPCR産物の精製システムでクリーンアップを行います。PCR産物の濃度測定は、クリーンアップ後に吸光度測定を行うか、もしくは電気泳動のバンドの濃さで見積ってください。PCR反応液中には未反応のプライマーや基質などが多く残存しているため、実際のPCR産物の濃度より高濃度で測定されてしまい、以後のin vitro転写反応に誤った量のテンプレートDNAを添加することになります。
合成オリゴDNAを使用する場合の注意
合成オリゴ DNAをテンプレートDNAとしてin vitro転写反応を行うことも可能です。
近年では長鎖オリゴのカスタム合成も可能になっておりInvitrogen™ GeneArt™ Strings DNA Fragmentsサービスでは最大3 Kbの2本鎖合成が可能です:
基本的にin vitro転写のテンプレートDNAは2本鎖の状態のものを使用します。
もし1本鎖のOligo DNAを使用する場合は、少なくともプロモーター配列が2本鎖を形成している必要があります(図3)。この場合、オリゴ DNAは転写する配列のアンチセンス鎖側の配列を用意し、プロモーター部分の短いオリゴDNAを別途用意し、アニーリングさせたものをテンプレートDNAとして利用することも可能です。しかしながらこの構造のテンプレートDNAを用いた場合、RNAが低収量になることが多いので注意してください。
in vitro転写システムを行った際のトラブルシューティング
in vitro転写システムを行った際に、低収量、目的のサイズの転写産物が得られない、RNAが分解してしまっていたなどのトラブルが生じることがあります。問題の解決のためには、まず原因は何かを特定し、問題の原因に添った対処法を行うことが重要です。
Kitの性能確認:ポジティブコントロールテンプレートを用いたテスト
自分のテンプレートDNAを用いたin vitro転写反応で、トラブルが生じてしまった場合、最初にポジティブコントロールテンプレートを用いたテストを行ってください。
Invitrogen™ MEGAscript™ シリーズには、検証用のポジティブコントロールテンプレート(直鎖状のTRIPLEscript plasmid:pTRI-Xef 1)が添付されています。pTRI-Xef 1にはSP6、T7、T3プロモーターが組み込まれており、すべてのファージ RNA ポリメラーゼ共通のポジティブコントロールテンプレートとして使用できますが、使用するファージ RNA ポリメラーゼにより転写産物のサイズが若干異なります:
ポジティブコントロールテンプレートpTRI-Xef 1を、20 µLの反応系に、2 µL (1 μg) 添加して、in vitro転写反応を行います。MEGAscript™ KitのT7、T3 kitを用いた場合は80~100 μg、SP6 kitを用いた場合は50~80 μgの収量が見込まれます。ポジティブコントロール反応でも収量が明らかに低かったり、転写産物がスメアーな像でサイズが小さく、RNAの分解が疑われる場合、試薬の劣化や試薬へのRNaseのコンタミネーションなどが疑われます。この場合、新しいKitを用意する必要があります。
低収量の場合の原因特定テスト:”ミックステンプレートテスト”
ポジティブコントロールテンプレートを用いたテストでは目的のサイズのRNAが十分な収量で得られているにも関わらず、自分のテンプレートDNAでは低収量の場合、テンプレートDNAにどのような問題があるかを” ミックステンプレート テスト”で確認することができます。
MEGAscript kitを用いた反応では、テンプレート DNAのサイズや配列によって収量がばらつくことがありますが、20 μLの反応系で最低でも50 μgの収量が得られるはずです。
収量が明らかに低い場合、①テンプレートDNA中の夾雑物の影響か、または②テンプレートDNAの配列自体に問題がある可能性があります。①と②ではその対処方法が大きく異なってくるため、いずれの問題によって低収量になってしまっているかをまず” ミックステンプレートテスト”で特定する必要があります。
” ミックステンプレート テスト”は、ポジティブコントロールテンプレート(pTRI-Xfe) を利用し、以下の3つの試験区を設定して反応を行います。その結果から低収量の原因を特定します。
1) 1 μL(0.5 μg) pTRI-Xef ポジティブコントロールテンプレート
2) 自分のテンプレートDNA template(プラスミドDNAの場合:0.5 μg 、PCR産物の場合:0.1 μg)
3) 1)と2)のミックステンプレート
①結果A :コントロールテンプレート単独では高収量だが、テンプレートDNA単独およびミックステンプレートではRNAが合成されない
このような結果が得られた場合、テンプレートDNAから持ち込まれた反応阻害物質が原因でRNAの収量が低下してしまったことが考えられます。阻害物質としてテンプレートDNA調製の際に持ち込まれた界面活性剤(SDS)、塩、EDTA、RNaseなどが考えられます。
RNaseの除去にはProteinase K処理が効果的です。[ Plasmid DNAを使用する場合の注意]の “Proteinase K処理(オプション)” の処理を行ってください。
界面活性剤 ( SDS )は、エタノール沈殿で除去できます。ただしエタノール沈殿を行う前にDNA溶液を数倍に希釈してからエタノール沈澱処理を行ってください。
過剰な塩やEDTAの除去もエタノール沈殿で除去できます。エタノール沈殿で回収したDNAペレットを70%の冷エタノールを用いて十分にリンス処理を行います。70%エタノールを添加後、DNAペレットがチューブの底から剥がれるぐらい激しく混合することにより効果的に塩やEDTAを除去することができます。
②結果B : コントロールテンプレート単独およびミックステンプレート中のコントロールテンプレートからはRNAが合成されるが、テンプレートDNA はRNAが合成されない
この場合テンプレートDNAの配列自体に問題があるために収量が低下したと予想されます。以下の対処法を試してください:
別のファージRNAポリメラーゼを用いて反応を行う:
3種類のファージRNAポリメラーゼ(T7/T3/SP6)は、それぞれプロモーターのイニシエーション効率(律速段階)や、テンプレート中に存在するターミネーションシグナル、テンプレート中のインサートのサイズによって転写効率が異なってきます。
問題の原因がプロモーターとの相性や、テンプレート中のターミネーターシグナルによる場合、用いるファージRNAポリメラーゼを変えることによって問題を軽減できるかもしれません。ただしファージRNAポリメラーゼを変える場合、テンプレートDNAに対応するプロモーターの付加が必要になります。
テンプレートの添加量とクオリティーのチェックを行う:
反応液へのテンプレートの添加量を間違っている場合、収量が大幅に低下する場合があります。
プラスミドDNAをテンプレートとした場合、プラスミドDNA抽出の後、直接 吸光度計でDNA濃度をチェックした場合、混在するRNAやゲノム由来のDNAが合わせて検出されてしまうため、反応に添加したテンプレートDNA 量が見積もりの量より少なくってしまっている可能性があります。
テンプレートDNA量のチェックはゲル電気泳動によっても確認してください。濃度既知のDNAと電気泳動を行い、バンドの濃さから濃度を見積もることができます。また電気泳動によりプラスミドDNAのサイズの確認も可能です。
反応時間を延長する:
テンプレートDNA中にGCリッチな領域が存在する場合も収量が低下する場合があります。
この場合、反応時間を最適化することで収量を改善できる場合もあります。通常の反応では2~4時間のインキュベーションで終了しますが、収量が少ない場合は反応時間を6~10時間、またはovernightに延長することで改善される場合もあります。
さらに反応時間を延長しても改善がない場合、Thermo Scientific™ Single-Stranded DNA Binding Protein(SSB)を1 µgのテンプレート当たり2~6µg添加して反応を行ったり、低温(4℃)でovernight反応することで改善される場合もあります。
in vitro転写反応後の電気泳動で問題が生じた場合
スメアーな像が確認された
RNAの分解の可能性が考えられます。DNA templateの調製の際に持ち込んでしまったRNaseを、in vitro転写反応を行う前に除去する必要があります。
[Plasmid DNAを使用する場合の注意]の “Proteinase K処理(オプション)” の処理を行ってください。またin vitro転写の反応を行う際、反応溶液中にRNase inhibitor(Invitrogen™ SUPERase•In™ RNase Inhibitor)などを添加することでコンタミした微量なRNaseにより分解を抑えることが可能です。ただし大量のRNaseが混在する場合はRNase inhibitorによって完全に不活性化ができない場合があります。
予想されるサイズより小さかった – RNAの電気泳動が適切ではなかった
収量は十分に得られていたにも関わらず、産物のサイズが予想サイズより小さかった場合、まず電気泳動の手法に問題がなかったかを確認します。RNAサンプルの2次構造を適切に変性しないまま電気泳動を行うと、予想サイズの位置にバンドが得られません。RNAサンプルを電気泳動するとき、適切な変性条件で行ったかを確認してください。変性ゲルで電気泳動を行うと1本のバンドが得られるRNAサンプルを、未変性のアガロースゲルで電気泳動を行うと、2本のバンドが確認される場合があります。
テンプレートDNA 中に配列により転写阻害が生じてしまった
変性条件で電気泳動を行ったにも関わらず、目的のサイズ以外のバンドが複数確認されたり、1本のバンドではあるがサイズが予想されるサイズより小さい場合、RNAポリメラーゼが転写反応の際にテンプレートDNAから脱落し、途中で反応がストップしてしまったことが原因として考えられます。
ファージRNAポリメラーゼは、テンプレートDNA中に転写のターミナルシグナル配列や、単一のヌクレオチドの連続配列、GCリッチな領域などが存在していると全長のRNAが転写できなくなることがあります。
ターミナルシグナル配列が原因の場合、ファージRNAポリメラーゼによってターミナルシグナル配列が異なるため、異なるファージRNAポリメラーゼで反応を行うことで改善できる場合があります。ただしテンプレートにDNA対応するプロモーターを付加させる必要があります。
単一のヌクレオチドの連続配列によって生じる不完全な転写は、反応温度を落とすことによって改善する場合があります。30℃、20℃、10℃と温度を振って検証を行ってください。ただし低温下での反応ではRNAの収量が低下するので注意してください。
GC richなtemplateの場合、Single-Stranded DNA Binding Protein(SSB)の添加により改善される場合があります。
複数のバンドが確認された
MEGAscript反応後に電気泳動したときに、バンドが2本、確認される場合があります。この場合、1本は予想されるサイズで、もう1本は予想サイズよりも大きなサイズの2本のバンドが得られるケースが多く、変性ゲルでの電気泳動によっても改善されません。この現象は強固な2次構造によるものであることが多いです。
2次構造によるものか否かの確認を行う場合、まず電気泳動したゲルからサイズの正しいバンドを切り出し、再度変性ゲルで電気泳動してください。正しいサイズのバンドを切り出したにも関わらず、再度電気泳動しても前回と同じように2本のバンドに分離してきた場合、単にRNAの強固な2次構造によって生じたアーチファクトであると判断できます。この場合は特に対処は必要なく、以後のアプリケーションに直接 使用します。
この問題はポジティブコントロールテンプレートであるpTRI-Xefを用いた場合でも確認されます。
予想より大きなサイズの産物が確認された
環状の状態のプラスミドDNAをテンプレートを用いてin vitro転写した場合、予想したサイズより産物が大きくなる場合が多いです。
RNA産物が予想サイズより大きかったという問題の原因のほとんどが、プラスミドDNA テンプレート中に完全に制限酵素でカットされなかった環状のplasmidの残存です。制限酵素処理後、環状のtemplateの残存が微量であっても、転写反応によって大量に転写されてしまうので、完全に直鎖状linerにする必要があります。
まとめ
・in vitro転写によるRNA合成はさまざまな用途に使用されていますが、アプリケーションによって適切なシステムを選択いただくことが成功のポイントになります。
・テンプレートDNAには、プラスミド DNA、PCR産物、合成オリゴ DNAなどが利用できますが、適切なプロモーター配列の付加や、制限酵素処理や精製などの前処理が必要になります。
・実際のin vitro転写で予想されたRNA産物が得られなった場合、何が原因でトラブルが生じてしまったかを考察し、適切なトラブルシューティングを行う必要があります。
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