顕微FT-IR、顕微レーザーラマンを用いたイメージング測定は、異物分析や材料解析などで、サンプルに含まれる成分の検出、材料の構成状態の確認、成分の分布を調べる目的で広く使用されています。イメージングデータの解析には、特定の成分のイメージ図(プロファイル)を得るための解析手法も重要で、多変量解析を利用した主成分分析(Principal Component Analysis、PCA)について多変量解析の応用①でご紹介しました。
ここでは、PCAと同様に多変量解析を利用した解析手法の一つである多変量カーブ分解(Multivariate Curve Resolution、MCR)についてご紹介します。当社の顕微FT-IR、顕微レーザーラマンで用いられている測定・解析用ソフトウエア「Thermo Scientific™ OMNIC™ Atlμs」、「Thermo Scientific™ OMNIC™ Picta™」に加えて、「Thermo Scientific™ OMNICxi™ ソフトウエア」、「Thermo Scientific™ OMNIC™ Paradigm」でMCRアルゴリズムが使用可能です。MCRは、PCAと同様に多変量解析を利用した解析手法で、サンプルの情報が乏しい場合であっても、イメージングデータからの計算のみで有益な情報が得られるだけでなく、サンプルに含まれる成分ごとの赤外スペクトルをそれぞれ分離し、そのままライブラリー検索に使用していただくスペクトルを算出するため、PCAよりもさらに成分の定性に適した解析手法です。ここでは多変量解析の応用①と同じく、MCRの使い方と注意点をご紹介します。

Thermo Scientific™ Nicolet™ iS™50 FT-IR+Thermo Scientific™ Nicolet™ RaptIR™顕微FT-IR
多変量カーブ分解(MCR)
混合物の赤外、ラマンスペクトルは、それぞれの純粋な成分のスペクトルと濃度の積を足し合わせたものとなります。一方で、多変量解析能応用①で紹介したとおり、PCAでは第一主成分スペクトルはイメージングデータの平均に近いスペクトルが得られ、第二主成分スペクトル以降では平均からのズレが含まれるスペクトル、いわゆる純粋な成分の特徴を有したスペクトルが得られます。
MCRは、混合物で構成されるイメージングデータを成分スペクトルと濃度の積の足し合わせに変換する手法で、PCAを出発点として計算を行います。この時、赤外スペクトルやラマンスペクトル、濃度はいずれも負の値にはならないため、成分スペクトルと濃度は負の値にならないように計算します。
図1の画像はKBrプレートで延伸したポリアミド(PA)、ポリエチレン(PE)で構成される多層フィルムの顕微鏡観察画像です。顕微鏡観察画像中の赤枠内の顕微透過マッピング測定で得られた厚さ7 μm程度の接着層のスペクトルとマッピング測定データから計算された接着層のMCR成分スペクトル、MCR、MCR成分スペクトルのライブラリー検索で上位に挙がったポリウレタンのライブラリースペクトルを図1の右に示しています。また表1に、図2のマッピング測定条件を示します。図1から、Y方向のアパーチャーサイズが接着層よりも大きく設定されているため、実際に測定から得られたスペクトルに対して、MCR成分スペクトルはPAとPEを含まないポリウレタンのみのスペクトルになっていることが分かります。顕微透過マッピング測定では、小さい領域のスペクトルは他の成分との混合スペクトルになりやすいですが、MCRを利用することで、純粋な成分のスペクトルを得ることが可能となります。

図1. KBrプレートにより延伸した、PA、PEで構成された多層フィルムの顕微鏡観察画像(左)と接着層のスペクトル(右、上段)、MCRにより得られた接着層の成分スペクトル(右、中段)、ポリウレタンのライブラリスペクトル(下段)
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積算回数 | 8 回 |
サンプリング間隔 | 1.56 秒 |
波数分解能 | 8 cm-1 |
スペクトル数 | 1,190 |
測定時間 | 40 分 |
アパーチャサイズ | X: 20 μm、Y: 8 μm |
ステップサイズ | X: 10 μm、Y: 5 μm |
MCRにより、PCAと同様に、それぞれの成分スペクトルが計算されたスコアからイメージングデータ中でどのように分布しているかが分かるようになりました。図2に、図1のサンプルの顕微透過マッピング測定データのMCRによる解析によって得られた3種類の成分スペクトルとそれぞれの分布イメージを示します。赤色のPE層と緑色のPA層の間に、均一に青色のPU層が接着層として検出されていることがわかる分布イメージが得られています。

図2. 図1のサンプルの顕微透過マッピングデータのMCRによる解析結果
左画像中の赤色、緑色、青色はそれぞれPE、PA、PUの分布イメージ、右スペクトルはMCRによって得られた第一、第二、第四成分スペクトル
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MCRの活用と注意点
先に示したとおり、MCRによる解析を行うことで、混合物で構成されたイメージングデータから純粋な成分のスペクトルを取り出すことができました。これにより、得られたMCR成分スペクトルをそのまま成分の赤外スペクトルや、ラマンスペクトルと同じように解析に使用でき、ライブラリー検索にも使用可能です。図3に図1に示した成分スペクトルのライブラリー検索結果を示します。高波数側は赤外吸収が飽和したPEのスペクトルの干渉が重畳しているため、2,000~650 cm-1で検索を行っています。ライブラリー検索によって、図1の成分スペクトルがPUであることを示す結果が得られており、純粋な成分を取り出したMCRの成分スペクトルはライブラリー検索に有効といえます。このように、MCRはイメージングデータに含まれる未知の成分の解析に非常に役立ちます。
MCRにおいても、PCAと同様に、得られた成分スペクトルに有意な情報が含まれない可能性があります。この要因となるのが、スペクトルに含まれるノイズ、ベースラインの変動、赤外吸収の飽和や波数シフトで、これらの干渉を取り除く、または必要な成分スペクトルが得られるように成分数を設定する必要があります。図4にOMNIC Atrusソフトウエア のMCR設定画面を示しますが、MCRを行う前に波数範囲、成分数、ベースライン補正の有無を設定できるようになっています。
イメージングデータは一括でデータ処理を行えるようになっているため、ベースライン補正と波数範囲の設定はあらかじめ行っていただけます。MCRはソフトウエアが自動で計算を行いますが、その時の処理が多くなると計算に時間がかかることがあるため、先に処理を行っておくことが望ましいです。
図5にThermo Scientific™ Nicolet™ iN™10赤外顕微鏡のTip-ATRを用いて測定したATRマッピングデータを4,000~650 cm-1の波数範囲でMCRを行った時の結果の画面を、図6に4,000~900 cm-1の波数範囲でMCRを行った結果をそれぞれ示します。アパーチャーサイズは2×5 μmで測定しており、測定エリアを小さくしているために低波数域のノイズが大きいスペクトルとなっています。このマッピングデータを650 cm-1まで含めてMCRを行うと、ノイズの影響により第四~第六成分にはノイズのみの成分スペクトルが得られていることに対して、900~650 cm-1を除いたマッピングデータでMCRを行うことで第六成分に接着層の成分スペクトルが得られています。

図5. 多層フィルム断面のATRマッピングデータについてのMCR結果画面
4,000~650 cm-1でMCRを実行。画像中右上に第二~第六成分スペクトルを表示
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図6. 図5と同じ多層フィルム断面のATRマッピングデータについてのMCR結果画面
4,000~900 cm-1でMCRを実行。画像中右上に第二~第六成分スペクトルを表示
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まとめ
今回紹介した、顕微FT-IRと顕微レーザーラマンで得られるイメージングデータの解析に使用できるツールであるMCRは、PCAと同様に、ソフトウエアが自動で計算を行うもので、イメージングデータで取得した未知の成分についてライブラリー検索を利用して解析する機能です。また、MCRで得られる成分スペクトルのスコアは各成分のスペクトルの比率になるため、スコアマップから成分比を半定量することも可能にします。
この機能は当社顕微FT-IRと顕微レーザーラマンで使用されているOMNIC AtlμsソフトウエアとOMNIC Pictaソフトウエア、OMNICxiソフトウエア、 OMNIC Paradigmソフトウエアで使用可能で、PCAと合わせてイメージングデータの解析に活用いただければ幸いです。
当社FT-IR「Nicolet RaptIR」について下記をご参照ください。
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/industrial/spectroscopy-elemental-isotope-analysis/molecular-spectroscopy/fourier-transform-infrared-ftir-spectroscopy/ftir-instruments/ftir-microscopes/nicolet-raptir-ftir-microscope.html
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参考文献
錦田晃一、JAIMA新技術説明会資料、サーモフィッシャーサイエンティフィック、2005
西岡利勝、錦田晃一、尾崎幸洋、先端材料開発における振動分光分析法の応用、シーエムシー出版、2013
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。