細胞懸濁液の混合にはオート(電動)ピペッターやマイクロピペットでの溶液の出し入れによるピペッティングが行われます。懸濁液を均一にするために必須の操作ですが、必要以上のピペッティングや泡立つほどの激しいピペッティングは細胞にダメージを与える恐れがあります。そこで今回は、HeLa細胞の懸濁液を最大100回激しくピペッティングし、優しく最小限の回数だけピペッティングしたHeLa細胞と比べて、生存率やその後の増殖に影響があるかどうかを確認しました。
実験方法
■細胞
HeLa細胞の懸濁液(1 mL)を入れた15 mLチューブ2本
■手順
- 1000 µL設定のマイクロピペットを用いて、細胞懸濁液を10回、20回、50回、100回と激しくピペッティング(ピペッティングの様子は動画1を参照)
- Gibco™ Trypan Blue溶液(製品番号 15250061)と細胞懸濁液を1:1で混合してInvitrogen™ Countess™ Chamber Slide(製品番号 C10283)に注入
- Invitrogen™ Countess™ 3 FL自動セルカウンターの明視野モードで自動セルカウントして生存率と細胞濃度を計測
- もう1本の細胞懸濁液を優しく5回ピペッティング(動画2)
- 手順2~3と同様に自動セルカウント
- 両方の条件の細胞1.5 x 105 cellsを6ウェルプレート(Thermo Scientific™ Nunc™細胞培養用処理済みマルチウェルプレート、製品番号 140675)に播種し、2日間培養
- Gibco™ CTS™ TrypLE™ Select Enzyme(製品番号 A1285901)で細胞を回収
- 手順2~3と同様に自動セルカウント
激しいピペッティングが細胞に与える影響
さっそく結果を見ていきましょう。HeLa細胞の懸濁液を累計10回、20回、50回、100回と激しくピペッティングした後の生存率が図1です。この結果を見る限り、100回激しくピペッティングしてもHeLa細胞の生存率には影響しないことがわかりました。

図1. 激しいピペッティングによる細胞の生存率への影響
以前の検証で、何らかの操作による細胞の生存への影響を測定する際には、Trypan Blueによる生死判定だけでなく、生細胞の濃度(数)の測定も重要であることがわかりました(関連記事:【やってみた】”やさしい”細胞解離試薬「TrypLE」で細胞をきびしく処理してみた)。そこで、生細胞の濃度を算出して図2にまとめました。その結果、ピペッティング50回、100回の生細胞濃度が数字上はわずかに低下したものの、有意な差は見られないがわかりました。

図2. 激しいピペッティングによる生細胞の生存率への影響
最後に、激しいピペッティングの影響がその後の細胞の増殖に影響するのかを確認するために、優しく5回ピペッティングしてセルカウントした細胞と、激しく100回ピペッティングしてセルカウントした細胞を同じ数だけそれぞれ6ウェルプレートに播種し、2日間培養後の生細胞数を測定しました(図3)。その結果、激しく100回ピペッティングした方の細胞数がやや少ない傾向があるものの、統計的に有意な差はありませんでした。

図3. 激しいピペッティングがその後の培養に与える影響
まとめ
今回は、ピペッティングが細胞に与える影響を検証するために、泡立つほど激しいピペッティングを100回行うという極端な実験を行いました。その結果、激しくピペッティングしても生存率、生細胞数はほとんど影響を受けませんでした。また、その後の増殖についても顕著な影響は見られませんでした。ただし、これは非常に”強い”とされているHeLa細胞での検証結果のため、よりデリケートな細胞の場合は異なる結果が出るかもしれません。また、ピペッティングの回数をもっと増やせば明確な影響が見られたかもしれません。ですが、実際の実験でここまで極端なことを行うことはないはずです。
ピペッティングの回数が少なすぎると懸濁液が均一にならず、細胞が塊として残った状態となることがあり、セルカウントや継代の操作が不正確になります。5回~10回の優しいピペッティングなら細胞に影響が出ることはまず無いので、しっかりピペッティングするようにしましょう。ピペッティングで泡立ってしまうことが多い場合は、ピペットの設定を懸濁液の全量よりやや少なくするとよいです。”吸い切らず、吐き切らず”にピペッティングすることで、ピペッティングの際の泡の発生を抑制できます。
細胞培養ついてもっと知りたい方は無料オンラインセミナー「これから始める人は必見!細胞培養のキホンのキ」、「いまさら聞けない!細胞カウントを基本から学ぼう」や講義と実習で細胞培養の基本を習得できる細胞培養ハンズオントレーニング(1日コース、2日間コース)の受講をご検討ください。これらのトレーニングの内容の違いについては関連記事を参考にしてください。また、バイオ実験をこれから始める方にはハンズオントレーニング「これから始めるバイオ実験 ~ピペット操作からPCRまで~」をお勧めします。今回の内容に限らず、細胞培養関連の製品・アプリケーションなどでご不明点がありましたらテクニカルサポート(jptech@thermofisher.com)へお気軽にお問い合わせください。
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