蛍光色素を用いた実験では、蛍光クエンチング、蛍光強度、光退色、蛍光バックグラウンドといった現象や特性を考慮して行う必要があります。今回は、蛍光検出に影響するこれらのファクターについてご紹介します!
Quenching (クエンチング、消光)
励起光を受け取った蛍光分子に対して、それとは別の蛍光分子や非蛍光分子(いずれもまとめてクエンチャーと呼ばれる)の影響により、励起蛍光分子からの蛍光が検出されなくなる、つまり消光(蛍光クエンチング)が起きることがあります。蛍光クエンチングは、クエンチャーの性質、クエンチャーとの距離、蛍光波長やエネルギーに依存して、FRET(Förster resonance energy transferまたはfluorescence resonance energy transfer)、contact quenching、collision quenchingのいずれかのメカニズムで起こるといわれています。バイオ実験では、これらの性質をうまく利用して、相互互作用解析や遺伝子発現解析を行うこともありますが、蛍光クエンチングを避けるためには、これらの性質を考慮した上で実験系をデザインする必要があります。
FRETによるクエンチングは、ドナー(励起光を受け取った蛍光分子)が励起状態から基底状態に移るとき、近傍(1-10 nm)に位置するクエンチャーがドナーから生じるフォトンのアクセプターとなり、ドナーからのエネルギーを吸収することにより起こる現象です。アクセプターが蛍光分子の場合、吸収したエネルギーにより(吸収フォトンの波長が励起波長と重なるために)励起状態となり、基底状態に移るときに蛍光を生じます。したがって、励起光が照射された後、ドナーの蛍光は消光しますが、アクセプターの蛍光が観測されることになります。FRETによるエネルギーの移動は、ドナーの蛍光スペクトルとアクセプターの励起スペクトルの重なりが大きいほど(距離が近いほど)起こりやすくなります。
Contact quenchingは、蛍光分子とクエンチャーが複合体形成や隣接により接触(電子軌道の重なりが生じる距離0.3-1 nmに存在)しているときに起こる消光です。蛍光分子からクエンチャーへのエネルギー転移がすぐに起こり、クエンチャーが受け取ったエネルギーは熱エネルギーとして放出されます。
Collision quenchingは、励起光を受け取った蛍光分子が、溶液中でクエンチャーと反応(衝突)したときに起こる消光で、日本語で衝突消光とも呼ばれます。クエンチャーへのエネルギー転移はContact quenchingと同様に起こり、クエンチャーが受け取ったエネルギーは熱エネルギーとして放出されます。
蛍光強度
蛍光強度(輝度)の低い蛍光分子を用いた場合、バックグラウンドの影響が相対的に高くなることや、検出感度が低くなることが問題です。蛍光色素の使用量を増やして蛍光強度を高めるために、高濃度の蛍光プローブを使用することや、蛍光プローブの局在率を高める方法(例: ABC法)を用いることによって、この問題に対処することもできます。しかしながらこれらの対処法では、蛍光色素が高濃度化されることによる凝集、沈殿を引き起こすリスク、contact quenchingやFRETによる自己消光を引き起こすリスク、細胞死を引き起こすリスクがあることを考慮する必要があります。蛍光強度を高める別の方法としては、強度の高い励起光を照射することも挙げられます。ただしこの場合は、光退色を引き起こすリスクがあります。
※蛍光強度については、前回の「蛍光プローブの明るさ」をご参照ください。
[ss url=”https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/protein-basic15/” width=”180″ class=”alignleft” alt=”知っておきたい!タンパク質実験あれこれ 第15回 初心者必見!蛍光プローブの基礎” rel=”nofollow” ext=0 title=”知っておきたい!タンパク質実験あれこれ 第15回 初心者必見!蛍光プローブの基礎” caption=”蛍光プローブは、感度やダイナミックレンジの広さ、定量性、種類の多様性、複数種類を同時に使用できる利便性から、バイオ研究においてタンパク質の同定や複合体(相互作用)の検出、特定のタンパク質の局在や活性検出などに利用されています。今回は、このような蛍光プローブの基本的な特性についてその概要を説明します。”]
Photobleaching(光退色)
蛍光色素は、励起光に長期間さらされた場合、あるいは強い励起光にさらされた場合に不可逆的な光退色を起こします。そのため使用する励起光は、蛍光検出が行えるレベルで可能な限り、強度を小さく、照射時間を短くする必要があります(フローサイトメトリーでは照射時間が短いため光退色の影響は比較的少なくなります)。励起光のレベルを下げても蛍光検出を効率よく行うためには、高感度CCDカメラの使用やN.A. (numerical aperture)値が大きく分解能の大きいレンズの使用が有効です。もちろん光安定性の高い蛍光色素の利用や退色防止剤の併用も有効です。
バックグラウンド
多くの場合、バックグラウンドは目的プローブ分子に結合していない蛍光色素の混入やサンプル中の自家蛍光が原因になっています。これらのバックグラウンドは、洗浄操作や蛍光プローブの添加濃度を下げることで解消されることもありますが、基本的には、目的プローブ分子に結合していない蛍光色素をあらかじめ十分に除去しておくことや、自家蛍光の検出を避けることのできるプローブセットや検出機器を使用することで、より適切な解析結果が得られるようにします。生体サンプル中の自家蛍光物質は、通常、短波長領域(<500nm)で蛍光を生じるため、より長波長側の蛍光プローブを使用することで自家蛍光によるバックグラウンドを抑えることが可能になります。弊社のDyLight標識用試薬では、各種DyLight蛍光色素を目的タンパク質に標識後、独自の精製レジンにより未反応色素を効率的に除去できます。
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