リアルタイムPCR装置は1996年にパーキンエルマー社のアプライドバイオシステムズ事業部から世界で初めて発売されました。アプライドバイオシステムズは現在サーモフィッシャーサイエンティフィックのブランドとなっています。発売から25年以上たった今も遺伝子の発現定量解析のゴールデンスタンダードとして世界中の研究者に使用されています。新型コロナウイルスのPCR検査にもリアルタイムPCRが使用されました。
この記事ではリアルタイムPCR発展の歴史をたどってみたいと思います。研究の息抜きにお楽しみください。
リアルタイムPCR技術の開発
リアルタイムPCRは定量PCR(quantitative PCR:qPCR)と呼ばれることもあります。名前の通り、定量的な測定ができるというのがリアルタイムPCRの特徴です。遺伝子の発現定量やウイルス量の測定を簡便に行うことができます。余談ですがRT-PCRはReal Time PCRの略ではなく、reverse transcription PCRの略です。RNAを逆転写しPCRをする手法を指します。
PCRの技術が開発される前、遺伝子発現定量解析手法の主流はノーザンブロットでした。時間や手間がかかるうえ、バンドの濃さから発現量を判定するためわずかな変動は捉えられませんでした。またダイナミックレンジが非常に狭く、適切なサンプル濃度を決めるのも一苦労でした。
1983年、Kary MullisはPCR(Polymerase Chain Reaction)を発案します。PCRはDNA上の特定領域のみを増やす技術です。増やすことで、DNAに対してさまざまな解析ができるようになりました。1993年にPCR発案の功績に対してKary Mullisにノーベル賞が贈られました。
PCR技術の確立後、PCR産物を電気泳動しバンドの濃さから定量を行う方法が考えられました。PCR反応のサイクル数が少なすぎるとバンドが見えず、多すぎるとプラトー(飽和状態)に達してしまい定量的な結果が得られません。至適サイクル数を見極めて反応を行う必要がありました。事前に発現量を予想できない場合は複数の希釈段階のサンプルを用意して測定するということが行われていましたが、サンプル数が増え操作が面倒でした。
1993年、Russell HiguchiらによってリアルタイムPCRの手法が報告されます。PCR反応1サイクルごとのデータをリアルタイムに取得すれば、定量に最適なサイクル数を反応後に見極めて解析できると考えたのです。具体的には、DNAに結合して蛍光を発する色素をPCR反応液に添加することで、DNAの増幅量を蛍光値としてモニタリングしました。DNAの増幅をモニタリングするための蛍光色素はエチジウムブロマイド(EtBr)、励起光は紫外線が使用されました。測定に使う色素・励起光は異なりますが、PCRサイクル中のリアルタイムの蛍光値を測定し、増幅曲線を描くという測定原理は現在のリアルタイムPCR装置と同じです。
1998年、アプライドバイオシステムズ所属のKenneth J. LivakらによってΔΔCT法(Comparative CT法)が開発されます。それでまでは相対定量であっても検量線を引いた上で相対値を算出していました。検量線の作成が不要なΔΔCT法の登場によってサンプル数やターゲットの数が多い実験も実施することができるようになり、スループットが向上しました。
リアルタイムPCR装置の発展
DNA量を蛍光値でモニタリングするというリアルタイムPCRの測定原理は開発当時から変化していません。温度制御を担うサーマルサイクラーに、蛍光検出を担う光源と蛍光測定器がついているという基本構造も開発当時と同じです。一方で装置の機能は年々充実してきました。この章ではリアルタイムPCR装置の発展の歴史についてみていきます。
世界で初めてリアルタイムPCR装置が販売されたのは1996年です。装置名は「Applied Biosystems™ ABI PRISM™ 7700 Sequence Detection System」、アプライドバイオシステムズ事業部から販売されました。装置の大きさは横幅94 cm、奥行き73 cm、高さ61 cm、重さも140 kgと現在の装置と比べるとかなり大きかったです。装置が市販化されたことでリアルタイムPCRは普及し始めました。
改良が重ねられ、装置は年々進化しました。2001年に販売開始された「Applied Biosystems™ 7900HT Fast Real-Time PCR System」はサンプルブロックを交換できる装置でした。96ウェルブロックの他に384ウェルブロック、TLDA(現在のTaqMan Array Card)ブロックへと実験系に応じてブロックを交換できました。384ウェルを使用すると、従来の96ウェルからウェル数が4倍に増えるので、多サンプルの処理が可能となりました。
2007年には「Applied Biosystems™ StepOne™/ StepOne™ plus Real-Time PCR System」が販売開始されました。本体にタッチパネルが搭載され、PCがなくても本体だけでランをすることができるモデルです。StepOne plusにはゾーンごとに異なる温度を設定できるVeriFlex機能が搭載されました。アニーリング温度の検討実験やアニーリング温度が異なるプライマーの測定が1度のランで実施できるようになりました。
2012年には「Applied Biosystems™ QuantStudio™ 12K Flex Real-time PCR System」が販売されました。4×3,072ウェルのOpen Arrayブロックを搭載できる装置です。約12,000データを取得するため12Kと名付けられました。スループットが飛躍的に向上し、網羅的な解析にもリアルタイムPCRが応用できるようになりました。
2015年に販売開始された「Applied Biosystems™ QuantStudio™ 3 and 5 Real-Time PCR System」では装置をクラウドに接続できるようになりました。これにより自宅や出張先といった離れた場所からも実験データが確認できるようになりました。リモートワークが浸透するにつれ、クラウド利用の需要も高まっています。
2019年に販売開始された「Applied Biosystems™ QuantStudio™ 6 and 7 Pro Real-Time PCR Systems」装置は顔認証、音声での操作と最新家電のような機能が搭載されています。
このようにリアルタイムPCR装置のスループットや利便性は年々進化しており、より多くのサンプルでより手軽に実験できるようになりました。
参考文献
・Russell H, Carita F, Gavin D and Robert W. 1993 PCR Analysis: Real-time Monitoring of DNA Amplification Reactions, BIO/TECHNOLOGY VOL. 11 SEPTEMBER
・Livak, K.J. and Schmittgen, T.D.2001.Analysis of relative gene expression data using real-time quantitative PCR and the 2-ΔΔ CT Method.Methods 25, 402–408.
リアルタイムPCR装置の原理は発売当初から変わっていません。一方で装置には日に日に新しい機能が搭載されており、研究者の皆さまの利便性は日々向上しているのではないでしょうか。弊社はリアルタイムPCR装置のパイオニアとして、これからも研究者の皆さまをサポートしてまいります。
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