はじめに
当社のリアルタイムPCR装置にはFastモードとStandardモードの2種類のランモードがあります。熱変性のステップやアニーリング・伸長反応ステップの反応時間と温度の上げ下げのスピードが異なります。そのためFastモードでは約30分、Standardモードでは約1時間半とラン時間が大きく変わります。Fastモードはラン時間が短い反面、短い反応時間で問題がないのか不安に思う方もいらっしゃるかもしれません。実際に「伸長反応20秒で本当に大丈夫?」とご質問をうけることもあります。今回の記事ではFastモードの試薬をあえてStandardモードでランし、結果に差があるのか確認してみました。
こんな方にお勧めです。
- ランモードの選択に迷っている方
- Fastモードで十分にPCR反応が進んでいるのか不安な方
- Fastモードの試薬を検討されている方
材料と方法
Fastモード用試薬としてApplied Biosystems™ TaqMan™ Fast Advanced Master Mixを使用しました。製品のプロトコルに従い20 µL容量の反応液を調製しました。50 ng/wellに調製されたcDNAを4倍もしくは3倍希釈し計6点の希釈系列を作成、鋳型として使用しました。レプリケートは3としました。Applied Biosystems™ TaqMan™ Gene Expression Assay (20x) をもちいてGAPDH、ACTB、IL-8、COL1A1、ACTA2、ALDHA1の6つの遺伝子を測定しました。反応条件は下記の通りです(図1、図2)。装置はApplied Biosystems™ QuantStudio™ 7 ProリアルタイムPCRシステムを使用しました。
Standardモードのプログラム ラン所要時間…1時間21分

図1.Standardモードのプログラム
Fastモードのプログラム ラン所要時間…32分

図2.Fastモードのプログラム
結果と考察
それでは早速結果を見てみましょう。
各ターゲット遺伝子ごとにcDNA量を横軸、Ct値を縦軸にプロットしました。Standardモードの青いプロットとFastモードのオレンジのプロットは非常によく一致しました(図3)。テクニカルレプリケートの3ウェルの平均値を比較しても差はわずかでした(表1)。

図3.Ct値のプロット図
ACTB | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 17.3 | 19.1 | 21.2 | 23.3 | 25.4 | 27.5 |
Standard | 17.0 | 19.2 | 21.3 | 23.3 | 25.4 | 27.5 |
GAPDH | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 16.9 | 19.0 | 21.0 | 23.2 | 25.3 | 27.5 |
Standard | 16.8 | 18.9 | 20.9 | 23.1 | 25.2 | 27.4 |
IL-8 | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 24.5 | 26.7 | 28.8 | 30.8 | 33.0 | 34.9 |
Standard | 24.2 | 26.4 | 28.3 | 30.4 | 32.3 | 34.8 |
COL1A1 | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 22.8 | 24.4 | 26.0 | 27.6 | 29.4 | 30.8 |
Standard | 23.2 | 24.8 | 26.4 | 28.0 | 29.6 | 31.2 |
ACTA2 | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 25.2 | 26.8 | 28.6 | 30.3 | 32.0 | 33.5 |
Standard | 25.3 | 26.9 | 28.6 | 30.3 | 31.9 | 33.7 |
ALDH1A1 | S1 | S2 | S3 | S4 | S5 | S6 |
Fast | 23.7 | 25.4 | 27.1 | 28.7 | 30.3 | 31.9 |
Standard | 23.7 | 25.4 | 27.1 | 28.6 | 30.2 | 32.1 |
検量線の精度をあらわすRの2乗値や増幅効率について非常に近い値となりました(表2)。反応時間が短縮されたFastモードでもStandardモードと同等の結果を得ることができました。FastモードでもPCR反応が十分に進むと分かりました。
※お使いのプライマーセット、TaqMan Assayによってはランモードによる影響がでる可能性もあります。
Fastモード | Standardモード | |||
PCR効率(%) | R2 | PCR効率(%) | R2 | |
ACTB | 95.99 | 1.000 | 93.95 | 1.000 |
GAPDH | 92.28 | 1.000 | 92.12 | 1.000 |
IL-8 | 94.44 | 0.998 | 95.34 | 0.995 |
COL1A1 | 99.02 | 1.000 | 96.26 | 0.997 |
ACTA2 | 92.41 | 0.994 | 91.88 | 0.998 |
ALDHA1 | 94.25 | 0.997 | 92.12 | 0.999 |
Fastモード対応試薬のご紹介
最後に、当社でおすすめしているFastモード対応のMaster Mixをご紹介します。TaqMan Assay実験系のおすすめ製品で、検出感度、精度、ダイナミックレンジ、特異性に優れます。今回の実験でも使用しました。
TaqMan Fast Advanced Master Mix
SYBR™ Green実験系のおすすめ製品です。Fastモードに対応しており、特異性も高い試薬です。
Applied Biosystems™ PowerUp™ SYBR™ Green Master Mix
まとめ
リアルタイムPCRのFastモードとStandardモードのどちらを使っても結果に差が出ないことがわかりました。もし、Fastモード対応の試薬をお使いの場合は、ラン時間を1時間ほど短くできますので、ぜひFastモードで測定してみてください。
当社ではRNA抽出やリアルタイムPCR、他にも細胞培養、ウェスタンブロッティングなど、実際に実験(実習)を行いつつ学べる各種ハンズオントレーニングを開催しています。その中で今回のような実験結果もご紹介していますので、これから新しい実験を始められる方、より理解を深めたい方はぜひご参加ください!
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研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。