RNA抽出は、遺伝子発現解析などの実験に必須の工程です。正しいプロトコルで分解の少ない高純度のRNAを抽出することは、遺伝子発現を正しく解析するためには重要なポイントです。以前のブログでは、RNA抽出に使用するWash Buffer 2にエタノールを添加することをうっかり忘れて実験してみました。その結果、RNA抽出は見事に失敗してしまいました。添加すべきエタノールがまったく入っていないので、失敗するのも当たり前だったのかもしれません。もう少し、現実的な想定として、添加するエタノール量を間違えたらどうなるのだろう?ということを思いついてしまったので、やってみました。
材料と方法
RNA抽出キットは前回同様、Invitrogen™ PureLink™ RNA Mini キット(製品番号12183020)を使用しました。本来は、キットがお手元に届いた後、Wash Buffer 2に終濃度80容量%になるようにエタノールを添加します。今回は、エタノールが80%、60%、40%、0%(以下、いずれも終濃度容量%)になるようなWash Buffer 2を調製して、RNA抽出キットを使用してみました。また、Wash Buffer 2の代わりに、100%エタノールを使用することもやってみました。Wash Buffer 2に含まれるエタノール濃度の違いだけに着目するため、細胞や組織をサンプルとせず、精製済みのRNAをサンプルとし、このRNAを再度精製することでエタノール濃度の影響を調査しました。RNAは約40 ng/µLに調製したものを30 µL使用し(1,200 ng 相当)、当該製品マニュアルの「Purifying RNA from Liquid Samples/RNA Clean-Up」の方法に従って、最終的には30 µLのRNase-Free Water で溶出しました。それぞれのRNAサンプルは、Thermo Scientific™ NanoDrop™ OneC微量分光光度計を使用して濃度と品質を確認しました。定量の誤差を考慮に入れるため、同じサンプルを3回測定して平均値と標準偏差を算出しました。
結果と考察
まずはNanoDrop OneC微量分光光度計による濃度測定の結果を確認してみましょう(図1)。
サンプルとして用意した元のRNAは41.1 ng/µLでした(表1)。このRNAを30 µL使用し、添加するエタノール量が異なるWash Buffer 2を使用して再精製した結果、エタノール濃度100%、80%、60%まではRNAを回収することができました。しかし、エタノール濃度40%と0%ではRNAを回収することができませんでした。
製品マニュアル通りの80%エタノールWash Buffer 2を使用しても、再精製した結果のRNA濃度は35.9 ng/µLとなり、元のRNA濃度41.1 ng/µLと比較して12.5%ほど低下してしまいました。これは、プロトコル通りに遠心したとしても、カラム中の溶出液を全量回収することが難しいため、回収率100%には到達しなかったことを示しています。
図1の結果だけを見ると、エタノール濃度100%でも一見、RNA精製がうまくいったように思えます。しかし、表1のA260/A280とA260/A230の吸光度比情報を確認してみると、エタノール濃度100%で回収したRNAではA260/A230が0.5とスタートRNAサンプルと比較して大きく低下していました。このことは、RNA抽出キットのLysis BufferおよびWash Buffer 1に含まれるカオトロピック塩(グアニジンイソチオシアネート)を100%エタノールでは洗い流すことができず、RNA中に残留してしまっていることを示唆しています。Wash Buffer 2の洗浄操作ではカラムに核酸を吸着させることが可能な最低限のエタノール濃度が必要とされ、アルコールで共沈する塩成分の洗浄が100% エタノールでは不十分であった可能性が考えられます。
エタノール濃度60%のWash Buffer 2でも元のRNA濃度より低下してしまいましたがRNAを回収できました。このことから、キット使用開始後に添加したエタノールが多少揮発してもRNAが全く回収できないような大失敗になってしまうほどの大きな影響はないことが考えられます。

図1. Wash Buffer 2 のEtOH 濃度の違いによるRNA 抽出結果
サンプル名 | RNA 濃度(ng/µL) | A260/A280 | A260/A230 |
元のRNA | 41.1 | 1.9 | 2.1 |
WB2_EtOH 100% | 35.5 | 2.1 | 0.5 |
WB2_EtOH 80% | 35.9 | 2.0 | 2.0 |
WB2_EtOH 60% | 30.0 | 2.0 | 1.5 |
WB2_EtOH 40% | 0.5 | 0.9 | 0.0 |
WB2_EtOH 0% | -0.3 | 3.6 | 0.0 |
RNAの品質確認では、吸光度スペクトルの波形情報を確認することも重要です。元のRNAや製品マニュアル通りのエタノール終濃度80%のWash Buffer 2で精製したRNAは、理想的な波形が確認できました。しかし、Wash Buffer 1の代わりに100%エタノールを使用した場合は理想的な波形とは異なり、240 nm 以下の吸光度が高くなっていることが見てとれました(図2)。このことからも、Lysis BufferやWash Buffer 1に含まれるカオトロピック塩(グアニジンイソチオシアネート)が100%エタノールを使用して精製したRNA中に残存してしまっていることが確認できます。

図2. NanoDrop OneC 微量分光光度計による測定の波形
まとめ
今回は、RNA抽出に使用するWash Buffer 2に添加するエタノールの量を間違えて実験してみました。やはり、製品マニュアルを精読してから実験を進めていただき、規定の容量でご使用いただくことが重要であるということが分かりました。Lysis BufferやWash Buffer 1では、カオトロピック塩が含まれていることで核酸の疎水性を担保してカラムにRNAを吸着させます。Wash Buffer 2では、カオトロピック塩の代わりにエタノールを含むBufferを添加することで、RNAの疎水性を担保してカラムにRNAを吸着させつつ夾雑物である塩類を洗い流す、という原理を思い出してRNA抽出実験を進めていただくことで、より良い実験結果につなげていただければと思います。
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本ブログの内容と関連するリンク:
・PureLink RNA Mini キット(製品番号12183020)
・NanoDrop微量分光光度計の製品紹介
・連載NanoDrop道場 第1回 吸光度測定による夾雑物の影響を考えよう!
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