キャピラリーシーケンサでDNAの塩基配列を解析するサンガーシーケンスのフローでは、シーケンス反応によってDNAに蛍光標識をする必要があります。このシーケンス反応サイクルの伸長反応時間は、解析したい配列の長さによって変更が可能ですが、マニュアルの推奨は4分です。
この伸長反応時間を、極端に短縮してみたらどうなるのか、実際どの程度伸長するのか、どこまでで解析ができるのかなど、日頃から疑問に思っていたことを試してみました。
伸長反応時間の検討
シーケンス反応試薬キット Applied Biosystems™ BigDye™ Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit の ユーザーガイド(MAN1000355, RevA) P17では、サイクル中の伸長反応時間は4分とされていますが、注記に「短い鎖長には伸長時間の短縮も可能」との記載もあります。今回は分かりやすく伸長時間を以下の3通りで検証してみることにしました。
- a. 1秒
- b. 30秒
- c. 60秒
1秒では全く伸長しないのではないか?
60秒と半分の30秒では、伸長する長さも半分となるのか?
といった予想を立ててみましたが、果たして結果はどうなるのでしょうか!
シーケンス反応
今回、反応に使用するテンプレート、シーケンスプライマーはBigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kitに同梱されている以下を使用しました。
- コントロールDNA(pREF BDT Control DNA)
- プライマー(-21 M13 forward primer)
試薬 | 濃度 | 容量 |
BigDye Terminator v3.1 ready reaction mix |
×2.5 | 4 µL |
Sequencing Buffer | ×5 | 2 µL |
コントロールDNA pREF BDT Control DNA |
200 ng/µL | 1 µL |
プライマー -21 M13 forward primer |
0.8 mol/µL | 4 µL |
Nuclease Free Water | 9 µL | |
計 | 20 µL |
Incubate | 25 cycles | Hold | |||
---|---|---|---|---|---|
熱変性 | アニール | 伸長 | |||
温度 | 96℃ | 96℃ | 50℃ | 60℃ | 4℃ |
時間 | 1分 | 10秒 | 5秒 |
a. 1秒 b. 30秒 c. 60秒 |
使用機種:Applied Biosystems™ ProFlex™ PCR System
ちょうど3通りの条件検討ということで、Applied Biosystems™ ProFlex™ 3×32-wellブロックを使用し、各ブロックにそれぞれa~cの条件を設定して、同時に反応をスタートさせました。1度に別条件が可能となるため、あっという間に反応工程が終了しました。
反応のトータル時間:
- a.伸長反応1秒:24分
- b.伸長反応30秒:36分
- c.伸長反応60秒:48分

図1. ProFlex PCR System, 3×32-wellブロックを使用してのシーケンス反応
反応後の精製
シーケンス反応後は、Applied Biosystems™ BigDye XTerminator™ Purification Kit(BDX)使用し精製を行いました。
試薬 | 容量 |
BigDye XTerminator | 20 µL |
SAM solution | 90 µL |
シーケンス反応済サンプル | 20 µL |
計 | 130 µL |
【撹拌】
2000 rpm、30分
ジェネティックアナライザでの泳動
Applied Biosystems™ SeqStudio™ Flexジェネティックアナライザを使用し、泳動を行いました。

図2. SeqStudio Flexシリーズジェネティックアナライザ
各条件で伸長した長さを比較するため、デフォルト条件の中で最長(125分)かつ、BDX精製サンプル専用のランモジュールを使用し泳動しました。
- 使用機種:SeqStudio 24 Flex ジェネティックアナライザ
- ランモジュール:BDxStdSeq50_POP7xl
SeqStudio Flexジェネティックアナライザは、タッチパネルが搭載されており、ランの最中にも、検出されたピークをリアルタイムで確認することができます。ラン終了時も、タッチパネルで波形データをすぐに確認することができ、必要であればそのまま再ランも可能です。

図3. SeqStudio Flexジェネティックアナライザのモニター画面の波形表示例
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結果
Applied Biosystems™ Sequencing Analysisソフトウエアを使用し、Rawデータ、波形データの確認を行いました。BDxStdSeq50_POP7xl(125分)にて泳動したRawデータがこちらです。

図4. Rawデータ 上段:a.伸長反応 1秒, 中段:b.伸長反応 30秒, 下段:c.伸長反応 60秒
ジェネティックアナライザでは、泳動された蛍光標識DNA断片を、短いものから順に検出します。その結果得られるRawデータは、長いDNA断片ほど、波形後半にピークが検出されます。1秒の伸長反応時間でも、伸長反応が起こっており、当初の予想を超えた結果となりました。30秒、60秒と伸長反応時間が長くなるにつれ、後半の蛍光強度も高くなっていることが分かります。
また参考までとなりますが、以下、各伸長時間での波形データです。
(画像をクリックでデータ全体を表示)
|
||
上記波形データのClear Rangeは、以下の結果となりました。
Clear Range_Start | Clear Range_Stop | |
a.伸長反応1秒 | 13 | 731 |
b.伸長反応30秒 | 11 | 875 |
c.伸長反応60秒 | 13 | 941 |
Clear Range:5′末端と3′末端の両方で低品質またはエラーになりやすい配列を除外した後に残る配列の領域です。ElectropherogramとSequenceビューでは、除外されたデータはグレーで表示されます。
今回は、SeqStudioFlex一次解析デフォルト設定にて、Clear Rangeの解析を行いました。

図8. SeqStudio Flexジェネティックアナライザ 一次解析Clear Range設定内容
まとめ
いかがでしたでしょうか。伸長時間が1秒であっても、今回採用した解析条件では、700 bp程度まで精度高く解析できていることに驚きました。これは、プライマーのアニーリングステップ(50℃、5秒)で、アニーリングと同時に伸長反応が進行しており、計6秒の伸長時間によるものではないかと考えられます。また、伸長反応時間を延長することで、高分子側の蛍光強度の増加が観察されました。この結果からも分かるように、長い鎖長の配列解析を行う際には、伸長時間を推奨の4分に設定し、高分子側まで十分に伸長させ、蛍光強度を高めることが、解析の精度向上につながります。
今回は、キット付属のコントロールDNAをテンプレートとして使用しましたが、実際のサンプルの場合、配列や反応効率の違いの影響も考えられるため、十分な検証が必要です。
サンガーシーケンシング ハンドブック
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