はじめに
細胞培養では微生物などが培地に混入すること(コンタミネーション、以下コンタミ)は極めて重大な影響を及ぼします。コンタミが起こった細胞は培養を継続することは難しく、さらに他で培養している細胞への感染が広がる可能性もあります。コンタミを防ぐためには注意深い操作が重要ですが、もしコンタミしても微生物が増殖しないように、培地に抗生物質を添加することが広く行われています。
そこで今回は、細胞培養の培地にコンタミ源となりそうないろいろなもの、例えば唾液やほこりなどを入れ、抗生物質の効果を試してみました。
材料と方法
材料
- 培地:DMEM+10%FBS
- 抗生物質:Antibiotic-Antimycotic (100X)
- 構成成分と濃度:
- ペニシリン G(ナトリウム塩) 10,000 unit/mL
- 硫酸ストレプトマイシン 10mg/mL
- アムホテリシンB 25μg/mL
方法
- 培地500μLを入れた1.5mLマイクロチューブに対して下表の処理をし、200μL/wellで96ウェルプレートに分注した。
- 抗生物質を1x濃度になるように添加または不添加の培地で、96ウェルプレートに200μL/well、n=2ウェルで実施した。試験ウェル以外には、200μL/wellの抗生物質不添加の培地を入れた。
- 一般的な細胞培養の条件下(37℃、5%CO2、humid)で3日間培養を行った。
- 結果の確認は写真撮影によるフェノールレッドの黄色化の確認と、超微量分光光度計NanoDrop Oneによる600nm吸光度測定により実施した。
Sample No. | 処理内容 | 詳細 |
1 | 処理なし | – |
2 | 皮脂1 | 小鼻を5回程度擦った綿棒を培地に念入りに浸す(被験者1) |
3 | 皮脂2 | 小鼻を5回程度擦った綿棒を培地に念入りに浸す(被験者2) |
4 | 唾液1 | 唾液を添加(終濃度0.4uL/well)(被験者1) |
5 | 唾液2 | 唾液を添加(終濃度0.4uL/well)(被験者2) |
6 | 素手1 | 培地およびチューブの口に5秒ほど指先(人差し指)の腹で触る(被験者1、未殺菌) |
7 | 素手2 | 培地およびチューブの口に5秒ほど指先(人差し指)の腹で触る(被験者2、未殺菌) |
8 | 素手(エタノール殺菌) | 70%エタノールで手を殺菌後に「素手」と同じようにする(被験者1) |
9 | グローブ(エタノール殺菌) | 70%エタノールでグローブを殺菌後に「素手」と同じようにする |
10 | 髪の毛 | 1本, 毛根含む約1.5cm(被験者2) |
11 | 呼気1 | チューブのふたを開けて約10cmの距離からフゥーと5秒間息を吹きかける(被験者1) |
12 | 呼気2 | チューブのふたを開けて約10cmの距離からフゥーと5秒間息を吹きかける(被験者2) |
13 | 床拭き取り | 綿棒で床を5回拭き取り、培地に念入りに浸す |
14 | ほこり | ラボ冷蔵庫裏のほこりを5mmほど培地に入れてボルテックス |
15 | 開放10秒 | ラボの無菌環境でない場所で10秒間チューブのふたを開けておく |
16 | 開放30分 | ラボの無菌環境でない場所で30分間チューブのふたを開けておく |
結果と考察
図1. 抗生物質あり、抗生物質なしの培地の3日間培養後の状態。37℃, 5%CO2, Humid条件下で培養。各試験区につきn=2で実施した。A) 抗生物質を添加しない培地 、B) 抗生物質を添加した培地 。微生物が増殖したウェルは黄色化している。
図2. 抗生物質あり、抗生物質なしの培地の3日間培養したプレートの吸光度測定値。試験区以外のウェルの600nm吸光度平均値をバックグラウンド値とし、試験ウェルの吸光度から差し引いた値(ΔAbs600nm)を示した。A) 抗生物質を添加しない培地、B) 抗生物質を添加した培地 。
図3. 抗生物質ありの試験プレートB11ウェル(唾液添加ウェル)の培養3日後の様子。抗生物質を添加した培地中にも活発に運動する菌体が一部認められた(矢頭)。
今回の実験では、抗生物質を添加しない培地では多くの試験区で微生物の増殖が確認されました。特に唾液の試験区では、終濃度0.4μL/wellの混入でしたが培養開始の翌日には培地の黄色化が確認され(data not shown)、全試験区中で最も顕著な増殖がみられました(図1Aおよび図2A、④⑤)。
一般的にはタブーとされている非無菌環境での開放⑮⑯や呼気⑪⑫、ほこりの混入⑭、エタノール殺菌した素手⑧、グローブ⑨では、抗生物質を添加しない培地で、顕微鏡下においても明瞭な増殖は認められませんでした(図1Aおよび図2A)。本実験の3日間よりもさらに長期間の培養を行うと微生物が増殖する可能性は十分に考えられますが、コンタミ原としてこれらはあまり致命的ではないかも知れません。
同じ被験者の素手でも、70%エタノールで処理することで微生物の増殖が確認されなくなりました(図2A、⑥および⑧)。細胞培養を行う人は当たり前のように行っているエタノール殺菌ですが、この結果からもその殺菌効果が示され、コンタミ防止に有効であることが示されました。
一方で抗生物質を添加した培地では、唾液添加の試験区を含め全てのウェルで微生物の増殖は確認されず、極めて強力な抗菌作用を示しました(図1Bおよび図2B)。この結果から、抗生物質が添加されていればそう簡単にはコンタミによる細菌の増殖は生じないことが伺えます。本実験ではAntibiotic-Antimycotic (100X)を1x濃度で使用しましたが、有効成分として、抗生物質はペニシリンGとストレプトマイシン、抗真菌剤はアムホテリシンBを含んでおり、グラム陽性/陰性菌や真菌(カビ、酵母)といった幅広い微生物に対する殺菌性を持っています(表2)。
名称 | 作用機序 | 使用濃度(1x濃度) | 抗菌スペクトル | 培地中(37℃)での安定性 |
ペニシリンG | 細胞壁のペプチドグリカン合成阻害 | 100 unit/mL | グラム陽性菌 | 3日間 |
硫酸ストレプトマイシン | リボソームに作用してタンパク質合成を阻害 | 100μg/mL | グラム陽性菌、グラム陰性菌 | 3日間 |
アムホテリシンB | 細胞膜構造変化による透過性障害 | 0.25μg/mL | カビ、酵母 | 3日間 |
しかし実際には、抗生物質を添加した培地を使用していてもコンタミによる微生物の増殖が発生することがあります。本実験でも、抗生物質存在下で3日間培養した唾液添加ウェルにおいて、活発に運動するごく少数の生きた菌体が確認されました(図3)。このように抗生物質が添加されているとはいえ完全には殺菌できないケースもありますので、しっかりと手洗いやエタノール殺菌をする、実験中の私語は慎むなど、培養系に微生物を極力持ち込まないよう注意が必要です。
また抗生物質は確かに有用ではありますが、培養している細胞の細胞内プロセスなどに影響する可能性や、潜在的な汚染(持続的な低レベルの汚染)を隠ぺいする可能性があります。そのため、抗生物質は常時使用するのではなく、必要に応じて短期間に限り使用し、必要がなくなれば培養系から除去することが推奨されます(参考ページ)。
さいごに
いかがでしたでしょうか?
今回は、培地をわざとコンタミさせて抗生物質の効果を検証してみました。やはり、コンタミをさせずに細胞培養を行うには、抗生物質を過信せずに丁寧な実験操作を行うことが重要だということですね!
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