アガロース電気泳動は簡便で得られる情報が多い手法ですが、できればシャープで見栄えの良いバンドを撮影したいですよね。でも、そのために精魂込めてゲルを作成・・・ということはしないと思います。今回は、少しでもきれいな電気泳動像を捉えるため、アガロースゲルの厚さについて考えてみたいと思います。
はじめに
電気泳動法に使用するアガロースゲルの厚さは、3~4 mmくらいをおすすめしていることが多いように思いますが(アガロースゲル電気泳動を成功させるための鉄則5箇条)、ゲルの厚さをしっかり測定しながら作成はされないと思います。しかし、厚いゲルを使用すると、泳動像のバックグラウンドが高くなったり、バンドがぼやけて不鮮明になったりすることは知られているので、実際に何が起きているのか確認してみました。
材料と方法
アガロースゲル電気泳動は、ゲルの厚さ(5 mmと10 mmの2種類)以外は同じ条件になるように揃えました。各サンプルは10 µLに容量を統一してアプライし、染色は核酸染色試薬をゲル中に添加した先染め法を採用しました。泳動層はゲル厚ごとに分けましたが、どちらも電圧を100 V、1 X TAEバッファー330 mLにて30分間泳動した後に、ゲル撮影装置にて撮影を行いました。
各種使用した材料:
【水】Invitrogen™ Nuclease-Free Water
【PCRマスターミックス】Invitrogen™ Platinum™ SuperFi™ II PCR Master Mix (2X)
【1%アガロースゲル】Invitrogen™ UltraPure™ Agarose
【バッファー】Invitrogen™ TAE (10X), RNase-free
【核酸染色試薬】Invitrogen™ SYBR™ Safe DNA Gel Stain
【電気泳動マーカー】Invitrogen™ 1 Kb Plus DNA Ladder
【ゲル撮影装置】Invitrogen™ iBright™ FL1500 Imaging System
結果と考察
異なる厚さのアガロースゲルで電気泳動した結果を確認してみましょう。
ゲルの厚さの違いを見てみると、5 mmは結構薄く感じられ、10 mmはゲルトレーからあふれんばかりの厚さでした(図1上)。私の個人的な感想では、普段作成しているゲルの厚さと比較すると、一般的に奨励されているゲルの厚さである3~4 mmというのは、かなり薄いのだなと思いました。
それでは、電気泳動結果を確認してみましょう(図1下)。2つのアガロースゲルは同一条件下で、同時に撮影しました。厚さ10 mmのゲルは全体的にうっすら白く、バックグラウンドが高いことが見て取れるかと思います。これは、ゲルが厚い方が単位面積あたりに含まれる核酸染色試薬の量が多くなり、結果としてバックグラウンドが高くなったと考えられます。バンドのぼやけ具合はどうでしょうか。厚さ5 mmのゲルではInvitrogen™ 1 Kb Plus DNA Ladder もPCR産物もシャープでくっきりした泳動像が得られました。一方で、厚さ10 mmのゲルではバンドがぼやけており、分解能、SN比共にイマイチな電気泳動像になってしまいました。
ゲルが厚いとなぜバンドがぼやけてしまうのか、その原因を探るため、別の角度からゲルを撮影してみました。通常は、電気泳動終了後にアガロースゲルを置いて、上方向から撮影します。今回はレーンに沿ってゲルを切断し、横方向からもゲルを撮影してみました(図2)。上方向から撮影した結果は図1の通りで、横方向から撮影した結果は図3に示します。
この泳動像は、1 Kb Plus DNA Ladderのレーンを切り出して、図2で示したように横方向から撮影したところ、MJのゼロ・グラヴィティを彷彿させる泳動像が得られました(図3)。
厚さ5 mmの結果は図1のレーン④と、厚さ10 mmの結果は図1のレーン⑧と、それぞれ対応しています。通常、アガロースゲルを撮影する時は上方向から撮影しますので、厚さ10 mmのゲルではバンドが斜めになってしまい、シャープな泳動結果が得られなかったということが分かりました。バンドが斜めになってしまう原因として「ゲルの発熱」「電流・電圧・抵抗などの電気的パラメーター」「電気浸透」などが挙げられます。たとえば、ゲルが厚いほど泳動中に発生する熱が多くなると考えられており、温度が高いほどバンドは早く移動します。厚いゲルは発熱しますが、泳動バッファーとじかに接するゲル上面は放熱により温度が下がると考えました。この場合、ゲルの下面は温度が高いため泳動が早く、ゲルの上面は温度が低いため泳動が遅くなります。その結果、厚さ10 mmのゲルのバンドは、横から見ると斜めになっていることが観察されたのではないでしょうか。一方で、厚さ5 mmのゲルは薄いため放熱しやすく、ゲル内の温度分布が均一なため、バンドが直立したまま泳動されたのではないでしょうか。ゲルの温度以外にも、電気浸透という固体と液体が接している場所に電圧をかけると液体が移動する現象も影響しているかもしれません。アガロースゲル電気泳動の場合は、DNAの泳動の向きとバッファー中の陽イオンが移動する向きが反対になるため、ゲル上部のバンドの移動度に影響がでたのかもしれません。これらの情報は、核酸電気泳動の7つの注意点に詳しくまとめておりますのでご参照ください。また、他にも厚いゲルを使用してバンドが斜めになってしまう原因について、ご存じの情報がありましたら下記の問い合わせフォームからお知らせいただけますと幸いです。
おまけ:
厚さ5 mmのゲルでPCR産物の原液(図1、レーン③)を泳動した結果を横から見た写真です。濃度の濃いバンドはゲル中でこのようにテーリングしていました。上方からの撮像では気になるほどではありませんでしたが、バンドの切り出しや、濃度の高い検体を泳動する場合は「電圧を落としてゆっくり流しなさい」という指導はこういうことだったのかもしれませんね。
いかがでしたでしょうか。
これまでに何枚もアガロースゲル電気泳動をしてきましたが、横方向からアガロースゲルを撮影したのは初めてで、驚きの結果を得ることができました!アガロースゲル電気泳動をする際、ローディング量が少なくても良い実験の場合には、ゲルの厚さが10 mmよりは5 mmの方がシャープなバンドではっきりした泳動像になることをお示しできました。さらに、厚いゲルでバンドがぼやけてしまう直接的な原因は、バンドが垂直方向に直立せずに斜めになってしまうからであるということにも気づくことができました。皆さまもアガロースゲル電気泳動のためにゲルを自作する際には、これまで以上にゲルの厚さを気にして実験してみてください。
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今回の記事に関連する、過去のBlog:
核酸電気泳動の7つの注意点
アガロースゲル電気泳動を成功させるための鉄則5箇条
DNAサンプルさようなら!アガロースゲル電気泳動に必ず失敗する3つの方法
研究用にのみ使用できます。診断用には使用いただけません。