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アレルギーメールニュース 2021 年 6 月号
サーモフィッシャーダイアグノスティックス株式会社 発行
1. はじめに
ポリエチレングリコール(PEG)およびポリソルベートなどの親水性ポリマーは、毒性および免疫原性が低いことから医薬品、医薬部外品、化粧品、食品、家庭用品などに広く使用されています。とくに医療分野において、PEGは腸管洗浄剤などの有効成分としてだけでなく、賦形剤、基剤、溶剤、錠剤のコーティング剤、超音波検査で使用されるゲルなどに使用されています1,2)。また、タンパク質製剤、薬剤を封入した脂質ナノ粒子などではPEGを修飾することで徐放性、血中濃度持続性などが得られることが知られています。近年、PEG含有およびPEG修飾薬剤投与で、稀にアナフィラキシーの発症または薬剤効果が減弱する例が報告され、PEGに対しても抗体が産生されることがわかりました3,4)。このようなPEGに対する抗体が産生されるようになった原因は不明ですが、日常生活において、PEGを含有する医薬部外品、化粧品などに接触する機会が多くなったためと考えられています1)。また、PEGがタンパク質製剤や脂質ナノ粒子などに結合することでハプテンとして作用することも報告されています5)。PEGと同様な目的で使用されるポリソルベートとの間には免疫学的に交差性を認めます1,2)。一部の新型コロナワクチンはPEG修飾脂質ナノ粒子をメッセンジャーRNAの封入に使用しており、新型コロナワクチン接種後の即時型反応の原因のひとつがPEGであると指摘されています6)。
2. PEGの分子量と皮膚、腸管からの吸収
医療用のPEGはマクロゴールと呼ばれ用途によって分子量が異なり(200~35000 g/mol)、それぞれを平均分子量で表されています。例えば、平均分子量が3350 g/molの場合はPEG 3350です。一方、化粧品分野では、分子量でなくエチレンオキサイド単位の平均結合数で表わされ、医薬分野のPEG 3350は化粧品分野では、PEG 75となります(エチレンオキサイド分子量44) 1,2)。
低分子量のPEGは皮膚を透過し、さらに他の化学物質の皮膚透過性および生物利用率を増強しますが、分子量が約4000以上のPEGは正常の皮膚から吸収されません 7,8)。その他にPEGは経表皮水分消失を増加させ角質バリア機能を目に見えない程度に傷害することも報告されています9)。一方、腸管において、分子量 400 g/mol以下のPEGは容易に吸収されますが、分子量 3300 g/molで10%未満、それ以上では2%未満の吸収率といわれています 10)。
3. PEGの感作およびアレルギー発症機序
PEGアレルギー例において、発症前に化粧品、衛生用品、入浴剤などで掻痒感などの軽い症状を経験している例が少なからず認められます1)。動物試験の結果ですが、テープストリッピング後、市販の化粧水、日焼け止めまたはシャンプーを連日塗布した結果、PEGに対するIgM抗体が産生されたと報告されています。これらのこと、またPEG含有薬剤の初回投与でアレルギーが発症することから、感作は日常での化粧品などによる経皮感作の可能性が指摘されています11)。
薬物によるアナフィラキシーの発症には、IgE抗体の関与、IgG抗体の関与、補体経路活性化の関与、および薬剤が直接肥満細胞を活性化する機序が挙げられています12)。スキンプリックテスト(SPT)が実施されたPEGアレルギー24例中21例(87.5%)がPEGによるSPTで陽性を認め、PEGアレルギーのほとんどはIgE関与のものと考えられています1,2)。非IgE関与の機序として、PEG修飾脂質ナノ粒子を用いた薬剤による急性輸液反応において、PEGは直接またはIgG/IgM抗体を介した補体経路を活性化することでアレルギー症状を起こすと考えられています12-14)。
4. PEGによるアレルギー患者背景および誘発症状
Wenandeらは、PEGアレルギー37例、のべ74反応をまとめた結果、37.8%が女性、平均年齢が47歳(24-86歳)、76%がアナフィラキシーで、頻度の高かった症状は掻痒、ヒリヒリ感、顔面紅潮、蕁麻疹、血管浮腫、血圧低下および気管支痙攣で、多くの例がPEG曝露後数分以内に発症していたと報告しています。また、PEG曝露直後に投与部位の掻痒または不快感の後に全身症状を発症しています。最も頻度の高い原因は、大腸内視鏡検査時に投与される腸管洗浄剤です。しかし、腸管洗浄剤に使用されるPEGは分子量3000 g/mol以上のもので、腸管からの吸収率が低いにも関わらず重篤なアレルギー症状を起こす理由については不明です1)。その他に、経口剤15-21)、注射剤3,22,23)、坐剤24,25)、超音波検査時に使用するゲル26)など多くの薬剤でPEGアレルギー例が報告されています。PEGアレルギーの特徴として、多種の構造的に関連のない薬剤や製品(真の原因は添加されているPEG)でアナフィラキシーを起こす例が多いことが挙げられ、繰り返す原因不明の薬剤によりアナフィラキシーを起こす例では、PEGアレルギーを疑うべきと報告されています1,2,27)。表1にPEGによるアレルギー例を示します。
表1. 多剤でアナフィラキシーを呈したPEGアレルギー例2,23,27,28)
5. PEGアレルギーの診断、フォローアップ
Bruusgaardらは、PEGアレルギー自験例10例において、PEGアレルギーの最初の発症から診断までの期間は平均20か月(2-120か月)で、7例が繰り返し発症し(中央値3回:2-6回)、3例はペニシリンアレルギー、原因不明のアナフィラキシーまたは慢性蕁麻疹と診断されていました2)。多くの場合、診断は関連のないPEG含有薬剤による複数回の誘発歴および分子量の異なるPEGの希釈系列によるSPTで診断されています。皮内反応および経口負荷試験はアナフィラキシーを誘発するリスクがあるのでルーチンでの実施は推奨されていません。SPTでも全身症状を起こした例が報告されているので注意を要します1,2,27)。市販の特異的IgE検査はありませんが、自家系のELISAによりPEG IgEおよびIgG抗体がPEGアレルギー例で検出されています3,4,28,29)。また、好塩基球活性化試験(BAT)によりPEG添加で陽性となった例も報告されています。多種の薬剤でアナフィラキシーを起こした1例での結果ですが、本患者血清を用いたBATでは、PEG 3350および6000が陽性でエチレングリコール単量体および2量体では陰性でした。しかし、患者血清をエチレングリコール単量体または2量体で反応後のPEG 3350および6000によるBATでは陰性化したことから、PEG特異的IgE抗体はエチレングリコール単量体部分に反応することが示唆され30)、皮膚試験、抗体測定ELISAにおいても、試験に使用するPEGの分子量が高くなると反応も増強されることが報告されています28,29)。
上記10例のPEGアレルギー患者において、診断後4例が化粧品類(石鹸、シャンプー、クリーム、歯磨き粉、髭剃りゲル)、および医薬品(錠剤、ステロイド軟膏、ホルモン剤の注射)で症状を起こしており、完全なPEG接触の回避は困難と述べています2)。本邦では、PMDAのホームページで処方薬および市販薬の組成を調べることが可能です。
6. 新型コロナワクチンによる即時型反応
一部の新型コロナワクチンにはPEG修飾脂質ナノ粒子をメッセンジャーRNAの封入に使用しており、脂質粒子に結合したPEGが、既に患者が保有するPEG特異的IgEまたはIgG抗体との結合によってアレルギー反応を惹起される、またはPEGが補体経路を活性化してアナフィラトキシン(C3a、C5a)を産生して肥満細胞を活性化する可能性が考えられています。その他の機序としてワクチン中の中性脂肪、Ionizable lipid、メッセンジャーRNAはpathogen-associated molecular pattern molecule(PAMPs)として作用して免疫応答・炎症を惹起すると考えられています6,31,32)。
米国において1,893,360人に新型コロナワクチン初回接種が行われ、有害事象が4,393人(0.2%)に認められました。専門家の精査により21例がアナフィラキシーと診断され、19例(90.5%)が女性、17例(81%)にアレルギーの既往があり、7例(33.3%)にアナフィラキシーの既往がありました。19例にアドレナリンが投与されましたが、原因アレルゲンなどの精査はなされていません33)。
最近、Pitlickらは、初回新型コロナワクチン投与でアレルギーを起こした8例(血管浮腫、喘鳴、咽頭掻痒を起こした1例を除いた7例はすべて軽症)にPEGおよびPEG含有薬剤のSPTを実施した結果、全例陰性であったことから2回目の摂取が可能となったと報告しています。新型コロナワクチン接種を拡大するにあたって、このような精査に関してはアレルギー専門医の役割が重要になるとも述べています34)。
7. さいごに
PEGがアレルギーの原因になることはあまり知られていませんが、腸管洗浄剤、坐剤、とくに多種の構造的に関連のない薬剤でアレルギーを起こす例において、PEGを原因のひとつとして念頭に置くべきと報告されています1,2,27,28)。また、新型コロナワクチン接種後のアナフィラキシー様反応においては、発症から0.5-2時間の血中tryptaseの測定が実際にアレルギーによるものかの診断に有用となり、PEGだけでなくラテックス、消毒剤であるクロルヘキシジンなども原因として考慮すべきと報告されています35)。
監修) 福冨 友馬 先生
国立病院機構相模原病院